明日から仕事が始まるので、
ブログでも書いておこうと思い書いてます。
最近読んだ本、漫画、映画の話しなど。
最近は村上龍さんの「愛と幻想のファシズム」を読んでました。
これが長いわ経済の話しが入り込んでくるわだったので、
なかなか読み進められなかったのですが、
経済の部分は飛ばす、という裏技でなんとか読み切りました。
(というかその時点で読み切ったと言い切っていいのかは怪しいですが)
この村上龍さんの「愛と幻想のファシズム」
エヴァンゲリオンの作者である庵野秀明さんが相当影響を受けているという、
ネットの記事をたまたま発見して、
(↓この記事に書いてあります。)
http://www.geocities.jp/ookaminami/eva-fascism.html
それで興味が湧いて、というか、読まねば、という強い意志が湧いてきて、
読んでみた訳です。
これが傑作。
力を得る。
扱う人間によって確実に言葉は力になりうる、そう思いました。
でも怖い。
まず自分の中の残虐性に否応なく気付かされます。
残虐性、それは野生です。
「動物界の生態系に乗っ取っていないのは人間だけだ。」
というものすごくシンプルなことに気付かされるのです。
そして今の人間の生き方は間違っていると。
この世のありとあらゆる問題はそのねじれによるものなのだと、
思うのです。
それはもう暴力的に本当にそう思いました。
読んでいて頭の中にチラチラ浮かんだのが、
オウム真理教、宮沢賢治、いつか読んだスピリチュアル本でした。
オウム真理教はこの本に書いてあるようなことを、
現実的にやろうとしたんだな、というのを思ったし、
宮沢賢治はこの本に書かれてる世界と真逆だと思い、
頭の中に浮かびました。
特に熊が出てくる度に「なめとこ山の熊」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1939_18755.html
この話しを思い出しました。
あと昔よく読んでいたスピリチュアル系の本。
「戦争は次元の低い野蛮な人間がすることなんですよ。」
と宇宙人が高い次元から語る、みたいなやつ。
どれもこれも、色んな次元の色んな感覚が入り乱れて、
脳内戦争状態でした。
結局私の中ではどっちも勝っていない。
どっちも正しいように思える。
なので程よく思考停止しておきました。
かなり危ないところまで行ったけど。
ファシズムの本質が身に染みるほどわかりました。
その一部分は私の中に確かにあることもわかりました。
私はファシズムを決して否定しません。
きっといずれ、ほっておいても、暴発する部分だったりするのです。
「愛と幻想のファシズム」を読みながら、
園子温監督の「紀子の食卓」を観ました。
これがまた素晴らしかった。2007年の作品ですが、
今年観た映画一番になる勢いの本当に素晴らしい映画でした。
「愛と幻想のファシズム」にも通ずる世界、
父性と母性、喰うか喰われるか、ウサギとライオン、生態系、循環、円…
神がいるとしたら、そのシステムの中にあるのかもしれないと、
思ったりしました。
そのシステムそのものというか。
そのシステムに気付いて我欲を捨て己の身を差し出すとき、
そこに神があるのではないかと思いました。
まぁ、それって手塚治虫の「火の鳥」冒頭だったりするんですけどね。
で、次に西島大介さんの「I Care Because You Do」
これがまた傑作。
ここにもオウム真理教、麻原彰晃は出てきます。
西島大介さんはエヴァンゲリオンに影響を受けています。
つまり日本の文化の中に、
村上龍→庵野秀明→西島大介という流れがあるのです。
ちなみに村上龍の前には草間彌生がいる。
やっぱ草間彌生スゲーってことなんだけど、それは置いといて、
そこには日本の精神性が見てとれます。
透明で、純粋で、繊細で、残虐で、力に溢れた、
日本のDNAに潜む魔物。
私はそれを追いかけているような気がしている。
無意識のうちにずっと。
さて「I Care Because You Do」、
西島さんの三人の神様についてのお話し。
中学生までオタクでエヴァにハマって、
高校生でオタクを辞めてオザケンとか渋谷系に移って、
オタクに戻る、ていう流れが、
ほんとうもう、自分を見てるみたいで不思議でした。
大人になってエヴァとは一定の距離をとる感じも。
何かの本に書いてあったように、
「普通」や「安定」を求めようとするのが、
あの頃の日本の空気で、政策だったことにも驚いたのだけど、
なんというか、
「自分はすごい普通なんじゃないか」
という気がしてきたました。
時代を忠実に吸って、身近にいる人間の欲望を吸って、
デッサンするみたいに生きている。
普遍、凡庸、個性なし。
そこにある透明さはなんなんだろうかと、
30歳になって、そこを極めてみよう、
そしてこれからこの国のどんな景色が見えるんだろうと、
やはり、少し、わくわくしているのです。