2013年2月5日火曜日

I Care Because You Do



明日から仕事が始まるので、
ブログでも書いておこうと思い書いてます。

最近読んだ本、漫画、映画の話しなど。
最近は村上龍さんの「愛と幻想のファシズム」を読んでました。
これが長いわ経済の話しが入り込んでくるわだったので、
なかなか読み進められなかったのですが、
経済の部分は飛ばす、という裏技でなんとか読み切りました。
(というかその時点で読み切ったと言い切っていいのかは怪しいですが)
この村上龍さんの「愛と幻想のファシズム」
エヴァンゲリオンの作者である庵野秀明さんが相当影響を受けているという、
ネットの記事をたまたま発見して、
(↓この記事に書いてあります。)
http://www.geocities.jp/ookaminami/eva-fascism.html
それで興味が湧いて、というか、読まねば、という強い意志が湧いてきて、
読んでみた訳です。
これが傑作。
力を得る。
扱う人間によって確実に言葉は力になりうる、そう思いました。
でも怖い。
まず自分の中の残虐性に否応なく気付かされます。
残虐性、それは野生です。
「動物界の生態系に乗っ取っていないのは人間だけだ。」
というものすごくシンプルなことに気付かされるのです。
そして今の人間の生き方は間違っていると。
この世のありとあらゆる問題はそのねじれによるものなのだと、
思うのです。
それはもう暴力的に本当にそう思いました。
読んでいて頭の中にチラチラ浮かんだのが、
オウム真理教、宮沢賢治、いつか読んだスピリチュアル本でした。
オウム真理教はこの本に書いてあるようなことを、
現実的にやろうとしたんだな、というのを思ったし、
宮沢賢治はこの本に書かれてる世界と真逆だと思い、
頭の中に浮かびました。
特に熊が出てくる度に「なめとこ山の熊」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1939_18755.html
この話しを思い出しました。
あと昔よく読んでいたスピリチュアル系の本。
「戦争は次元の低い野蛮な人間がすることなんですよ。」
と宇宙人が高い次元から語る、みたいなやつ。
どれもこれも、色んな次元の色んな感覚が入り乱れて、
脳内戦争状態でした。
結局私の中ではどっちも勝っていない。
どっちも正しいように思える。
なので程よく思考停止しておきました。
かなり危ないところまで行ったけど。
ファシズムの本質が身に染みるほどわかりました。
その一部分は私の中に確かにあることもわかりました。
私はファシズムを決して否定しません。
きっといずれ、ほっておいても、暴発する部分だったりするのです。
「愛と幻想のファシズム」を読みながら、
園子温監督の「紀子の食卓」を観ました。
これがまた素晴らしかった。2007年の作品ですが、
今年観た映画一番になる勢いの本当に素晴らしい映画でした。
「愛と幻想のファシズム」にも通ずる世界、
父性と母性、喰うか喰われるか、ウサギとライオン、生態系、循環、円…
神がいるとしたら、そのシステムの中にあるのかもしれないと、
思ったりしました。
そのシステムそのものというか。
そのシステムに気付いて我欲を捨て己の身を差し出すとき、
そこに神があるのではないかと思いました。
まぁ、それって手塚治虫の「火の鳥」冒頭だったりするんですけどね。
で、次に西島大介さんの「I Care Because You Do」
これがまた傑作。
ここにもオウム真理教、麻原彰晃は出てきます。
西島大介さんはエヴァンゲリオンに影響を受けています。
つまり日本の文化の中に、
村上龍→庵野秀明→西島大介という流れがあるのです。
ちなみに村上龍の前には草間彌生がいる。
やっぱ草間彌生スゲーってことなんだけど、それは置いといて、
そこには日本の精神性が見てとれます。
透明で、純粋で、繊細で、残虐で、力に溢れた、
日本のDNAに潜む魔物。
私はそれを追いかけているような気がしている。
無意識のうちにずっと。
さて「I Care Because You Do」、
西島さんの三人の神様についてのお話し。
中学生までオタクでエヴァにハマって、
高校生でオタクを辞めてオザケンとか渋谷系に移って、
オタクに戻る、ていう流れが、
ほんとうもう、自分を見てるみたいで不思議でした。
大人になってエヴァとは一定の距離をとる感じも。
何かの本に書いてあったように、
「普通」や「安定」を求めようとするのが、
あの頃の日本の空気で、政策だったことにも驚いたのだけど、
なんというか、
「自分はすごい普通なんじゃないか」
という気がしてきたました。
時代を忠実に吸って、身近にいる人間の欲望を吸って、
デッサンするみたいに生きている。
普遍、凡庸、個性なし。
そこにある透明さはなんなんだろうかと、
30歳になって、そこを極めてみよう、
そしてこれからこの国のどんな景色が見えるんだろうと、
やはり、少し、わくわくしているのです。


2013年2月2日土曜日

春のような2月

はい、また放ったらかしにしてましたー。
いやー、以前は病気みたいにブログ書きまくってましたが、
これが大人になるってやつですかね、
いや、そういうわけじゃないんですがね。
ただね、ヒマがアレして、アレだったんでね。
でも、先週仕事辞めました。
実はWiiの修理とか、わりとワクワクするような仕事して、
仕事内容は別にそんなにだったんですけど、
「職場環境と人間関係」という巷で溢れ返っている、
退職理由で辞めました。
やっぱり人間て大事ですよね〜。
とは言えいい人もかなりいたのですよ。
しかしどっぷりその会社に属している人間が、
やっぱりアレなんですよ。
なんつーか、終わってんスよ、マジ。
なんであんなに終わってて平気なんでしょうね。
気が狂いそうですよ。まったく。
でも、仕事も向いてない感じはしてましたけどね。
ミスしまくりましたから、後半。
やる気ないわ、注意力が欠如しまくるわ、散々すよ。
いいんですよ、もう、辞めましたから。
でもお金は稼ぐ必要があるので、
次の仕事はすぐ決めました。
次は血圧計の組み立てです。
これも少し胸が躍ります。
私はけっこうなんでもおもしろがってやれる、
ていうのが長所かもしれません。
しかし、慣れると注意力が欠如してしまうんです。
それも著しく。
でも、働きます。いや、働かせてください!
という感じです。
奴隷ですよ。奴隷。
最底辺ですから。社会的には。
しかし社会にがっつり組み込まれるのがほんとに苦痛なので、
たぶん、これは一生こうでしょう。
なんとか、社会の仕組みの外側から、社会にアプローチしていきたいと、
思っていたりするんですが、これも、まぁ才能ですし、
頭のよさであったり、産まれながらに持ってるものであったりが、
大きいですから、どうなるかよくわからないですが、
まぁ、思いついたことはどんどんやっていくしかないんでしょうね。
今回は写真もイラストも載せませんよ。
このモードなんなんでしょうね。
誰に向って言ってるんでしょうね。
ほとんどアクセスもなくなっているこのブログ、
たまたま見かけて最後まで読んでくれた人どうもありがとう!
2013年も始まったばかりですし、
ぼちぼちやっていきましょう。

P.S 2月は銀色夏生のイベントに、3月はコミックマーケットに、
大阪に行くことが流れで決定しました。
よくわからん出だしですが、よくわからんまま突っ走ろうと思います!
オーイエー!

2013年1月4日金曜日

2013


まったく更新してませんでした。
こちらのブログ。
いろいろとどこかに行ったりはしていたのですが、
言葉に残す行為にどこかしんどさを感じてしまったり、
自分の未熟な言葉で事象を残す事で逆にその事象が薄まるというか、
そういう気分になっていました。
気が向いたらまた残すようになると思います。

2012年は色々あったような無かったような、
いかんせん忘れっぽいので何をしたのかよく覚えていないのですが、
日々ミクロの風景を凝視しておりました。
色々なミクロの風景が積み重なって、
たくさんのパターンを見続ける事により、
人間の奥深さや浅はかさがわかってきたような気もします。
そのことで、自分の精神も鍛えられてきたのか、
昔ほどの急上昇急降下を繰り返す事はなくなってきました。
もっと大きくて力強くて確かな存在へと変貌すべく、
修行の日々だったのかもしれないと思ったりもします。
どれもこれも、ただの「思い込み」だったり、
いつの間にかどっぷりと吸収していた、
世の中の当たり前や価値観に振り回されていただけで、
ただそれだけのことで、
こんなにも人間は苦しまなくてはならないのかと思うと、
悲しいですが、それは自分の理解力の至らなさや、頑さが原因で、
わかる人は最初からわかるし、
きちんと理解することなのだと思います。

赤ちゃんの頃はきっと何もかも理解していたのだと思います。
母と私と私の想像力の関係の中で全ては完結していたのです。
でも成長して、学校に行って、たくさんの雑多な情報を吸収して、
人間はボロ雑巾みたいに、この世のどうでもいいことを吸ってしまうのです。
この世の姿そのままに、人間の心も俗物まみれになる。
でも、どこかで「そうじゃない」となる瞬間がきて、
それが鬱病になってみたり、旅に出たり、本に埋没したり、
となるのかもしれません。
その暗闇の中で見つける光がその人にとっての本当で、
それはもう本当に孤独な作業なのですが、
その作業をしなくては次には行けないのです。
人には通らなくてはいけない道というのがあり、
その道を通らなくては見えない世界があり、
人間はただその世界をみるために生きているのだと思ったりもするのです。

と、なんだかこのブログとは違うテンションになってしまいましたが、
こういうテンションも自分の一部分という事で、
受け入れていくしかありません。
人はそれぞれに決められた仕組みの中を泳ぎ続けるしかなく、
我々はどこかに向い、誰かと出会い、また別れるのです。

というわけで、これからも無意識の海を泳ぎ続けて、
そのままをぶつぶつつぶやいていけたらなー、
と思っております。
あけおめ&ことよろ。

2012年10月21日日曜日

少年を愛する



最近ほんとに忙しくてブログ更新できてません。
それにしても心を亡くすと書いて「忙しい」。
かなりイヤな言葉なので、もう「忙しい」なんて言葉は使いたくありません。

…

忙しいです。

数年前に友人の為に作ったプレイリストを再生してみました。
数年前の自分がどういうことに不安を感じ、感動し、愛していたかが、
ありありと蘇ってきました。
で、気付いたことが、
私は少年が好きなんだということです。
人の少年の部分を発見して観察しているだけで、
なにやら幸せです。
私も少年になりたいぐらいです。
少年コスプレとかあったらやりたいです。

でも一番最強なのは、
「少年のような少女」のような気がするので、
その線を狙っていきたいと再確認しました。

昔よく聴き込んでいた音楽を聴いていて、
結局音楽は精神の育成に大きく影響を与えていると思いました。
それぐらいに音楽の世界に入り込んで、
閉じこもって、外に出ようとしない時間は長かったです。
音楽でも小説でも、
どんな栄養を魂に与えるかってことだと思います。
死ぬまでずっと変化し続けるのだから、
どんどん栄養を与えるべきだと思いました。
そしてそういうことを感じる作品が好きです。
今後出会う人達に、
私が心にストックしてある、
感動した風景を伝染させられたらいいな、と思いました。

2012年10月10日水曜日

100万回

お風呂に入っていたら、
外から虫の声と、遠くから電車の音が聞こえました。
なんか秋だなー、としみじみしました。
一遍の詩や、小説が簡単に産まれそうな空気感です。
たくさん素敵な夢を見ましょう。


最近やたらと「100万回生きたねこ」の話題を目にします。
ミュージカルやドキュメンタリー映画になるみたいです。
数年前に原作者である佐野洋子さんが気になって、
エッセイを読み漁ったのですが、
人柄が素晴らしくて一気に好きになりました。
特にリリー・フランキーと西原理恵子との対談本が、
おもしろかったです。
佐野さんは谷川俊太郎さんの元妻でもあるんですが、
離婚して鬱病になって、北軽井沢に別荘を買って、
独りで暮らしだしたりするんです。
そういう晩年の生き様に私はとても興味があります。
ある意味、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの対極にある、
男女の在り方だと思っています。
その人が持つ性質や突き抜け方によって、
全く違う夫婦の形になるんだなーと思ったりします。
で、私はやっぱりオノ・ヨーコよりも、
佐野洋子(どっちもヨウコであることに今気付いた!)
の方が共感してしまうのです。
どちらも凄い女性であることには変わりないのですが、
私の魂の性質は佐野さんの方が近んだろうなー、
と勝手に思ったりします。
まぁ、二人のパワーには全く及びませんが。
「100万回生きたねこ」も、
大人になって改めて読み直すと、
「これ全然子供向けじゃないじゃん!」
と、思います。
大人も大人、そうとう精神が老成してないと、
心底感動出来ない絵本のような気がします。
再びとても佐野さんが気になってきたので、
エッセイを近々読み直してみようと思います。
あと、私がとても印象に残っているくだりは、
なんてタイトルの本かは忘れてしまったけれど、
男に抱かれる女の感想で、
「愛されて当然という触り方だった」
というような、文章があるのですが(おぼろげ)、
多分、谷川俊太郎さんのことなんだろうなー、と思ってます。
マザコン男で、それなりに異性にモテて、
女を解ってるような気になっている男は、
だいたい好きな相手にはそんな風に自信満々で、
躊躇も遠慮もないんだろう、と思いました。
でも、谷川さんは佐野さんがなぜ自分のもとを去ったのか、
今だにわかっていない。
佐野さんも谷川さんに何も語らず黙って去っていった。
その逸話もとても興味深いです。




どっかでみたことがあると思ったら…


あらららら〜!

2012年10月8日月曜日

ユニコーン


最近ユニコーン(日本のバンドではない)がやたらと気になります。
喫茶店のタイルにユニコーンがこっそり潜んでいたり、
ネットでもユニコーン柄のTシャツがとても気になるなど、
なにかとユニコーンのことばかり思っています。
ウィキペディアによるとユニコーンは処女が好きみたいです。
非常に獰猛だけど処女の懐に抱かれて初めて大人しくなるらしいです。
(上の画像のとおり。)
またユニコーンは、
「この世で最も美しい、最も誇り高い、最も恐ろしい、最も優しい動物。」
らしいです。
素敵ですね。
ますますユニコーンへの思いは積もるばかりです。

あとこのサックドレスがツボすぎて欲しいです。


でも高くて買えないので、
同じ柄の大判ストールにしようと思ってます。
2011年からスタートした、
「I am I」というブランドの服で、
何もかも結構ツボなのですが、
私が大学生のとき唯一本気で就職活動をした、
AMBIDEXというアパレルメーカーから発足したブランドでした。
結局もとに戻るといいますか。
なんともはや。
「やはりわたくし服が好き」
ということで、この感覚は大事にしていこうと、
思っております。

2012年10月6日土曜日

ホーム


再び「This must be the place」に関する記事。
上の動画は「きっとここが帰る場所」という映画のワンシーンです。
まず、「このセットどーなってんの!?」という驚きもありますが、
後半に観客達が合唱しだすのがたまりません。
皆の共通の「幸せの一つの形」だということがよくわかります。
今ひとりだけど、これから「家」を創ろうとしている人や、
すでに「家」を持っていて幸せに暮らしている人、
「家」はあるけどうまく行ってない人、
そういう全ての人、それこそ国境を越えた「人類」の、
壮大な夢のひとつであることがよくわかります。
で、最近はスペイン式のバルで時々働かせてもらっているのですが、
それこそ1人ものの男がふらりと入ってくる訳です。
で、カウンターのお客さん数名と私で対峙して、話しをしたりする訳です。
ほとんどスナックか何かなんですよ。
話しを聴いて、お酒を出す。
それだけの関係なのですが、
それだけの関係がとても尊く思えたりします。
みんな色々うまく行ってない部分を抱えて、
もやもや暮らしてるんだな、と思ったりします。
ものすごい羽振りのいい話しをする人などは、
多分大袈裟に言って飾っているんだろうな、と思いつつも、
その話しに「わぁ、すごい」と一緒に感動したりする。
一緒に感動してあげたら、多分それは、ほとんど事実と変わらない。
彼は彼が創ったその物語の中で生きている。
そういうことをすごく思いながら、
私は働いています。
世の中、どれだけ不景気になろうとも、
もしくは不景気になればなるほど良質な「酒場」というのは、
流行るものなのかもしれません。
自分という存在が現実世界で生かせられると、
楽しいというか、嬉しいというか、むず痒いです。
自分の居場所は、自分で見つけるもので、
誰かにあてがわれるものではない、と思いました。
自分が感じた「これだ!」という感覚は、誰にも解らないですから。
そして「これだ!」という感覚を膨らませられるのは、
たった一人自分だけです。
そういった意味で私も私だけの夢の中を生きていると言えるのでしょう。