最近また手塚治虫氏の文庫版が新しく出版されているようだ。
たまたま目に入って読んだことがない作品だったので、
あと、なんとなく表紙に描かれている女の人に惹かれて、
amazonでポチっと買ってみた。
それと、名前の不思議さ。
帯にはこんな風な紹介文が書いてある。
「謎に満ちた少女バルボラ、はたして彼女は悪魔か女神か!?
芸術家の栄光と苦悩をめぐる幻想譚」
出だしはこう。
「都会が何千万という人間をのみ込んで消化し、
たれ流した排泄物のような女、それがバルボラ」
表紙の女バルボラはいつもお酒をのんだくれていて、
新宿駅の構内でみすぼらしい格好でうずくまっている所を、
作家に拾われるところから話しが始まる。
しかもその作家が異常性欲者という謎の欠陥を持った人で、
マネキンやら犬やらを人間と間違えて好きになってしまう。
その危機的状況を救うのがバルボラなのだけど、
とにかくバルボラはミューズなのだ。
あらゆる芸術家の前にあらわれて、ツキと幸運をもたらす。
ミューズに飽きられ、捨てられた芸術家は落ちぶれる。
時には気に入らない男を藁人形で呪いをかけて、
殺してしまうほどだ。
そんなミューズ・バルボラの魅力にどんどん取り憑かれていった男が、
精神的に異常をきたしておかしくなってしまう、
という話し。
色々と思う事があるいい漫画だったのだけど、
その中でも印象に残ったところをあげるとすると、
芸術家が政治に傾倒する場面が何度か登場する。
ミューズはそれを止めようとするし、
政治に傾倒した芸術家はろくなことがない、
という一貫したスタイルで書かれている。
手塚治虫氏の漫画はどれも政治の書き方がうまい。
汚さや黒さなど政治の本質を的確に捉えている。
バルボラは「魔女」なのである。
「魔女」はその場に応じて自らの性質を変幻自在に変えて、
常に物事の本質を捉えていて、ずぼらで、怠慢、かつ自由なのだ。
何ものにも束縛されていない。
普段はみすぼらしい姿でカモフラージュをするが、
時々ものすごくいい女である。
「魔女」についてこれからも研究していきたい。
読み終わって、ふと山岸凉子氏を思い出した。
私の敬愛する漫画家なのだけど、
たしか手塚治虫氏の息子と結婚している。
「あーなるほど、そりゃ結婚するわ」
と、物事の道理を知った。
世の中結婚すべき人と結婚するし、
そういう結婚は解りやすくておもしろい。
あと、オノ・ヨーコ氏も最強の魔女だなぁ、とおもった。
確かに女は愛してくれる男がいて、より輝けるものなのだろう。
この世の秘密を知っている女というか。
あ、追記。
男がいろんな女に手を出すということは、
それだけ、色んな女から恨まれたり、呪われたりするということで、
結局いい事は起きないんだろうな、と思った。
特に魅力的な女の人ほど、魔力が強いということだから、
ひとたび怒ったり、恨まれたりしたら、
ほんとうにろくな事が起きないと思う。
魅力的な女の人に近づく場合、その辺、覚悟した方がいい。