先週末ツイッターで地震予告がツイートされていて、
こわいなーと思っていたら、ほんとにやってきました地震。
しかも前代未聞の大地震。
お父さんの定置網も一部が津波にさらわれた。
東北地方の津波の様子をテレビでみると、
ぼうぜんとなり、思考停止状態。
死亡者の数もぐんぐん増える。
海が真っ黒いお化けになって街を飲み込む様子が、
ずっと流れている。
明日になったらもっと残酷な現状を突きつけられる。
今、現地で助けを求めている人、
助かって避難できたとしても眠れない不安な夜を過ごしている人、
家族の安否が確認できない人、
深い深い闇が多くの人の心を支配しているのだと思うと、
私はなんにも言えなくなる。
まだまだ夜は長くて、そして例え夜が明けたとしても、
むごたらしい世界が待っている。
ずっと救助活動を続けている人たちもいる。
波が色々なものと一緒に、たくさんの人たちをあちら側に連れていった。
連れ去られた人はどこにいったんだろう。
突然この世界から消え去った多くの命の前に、
私たちは立ち尽くす。
正直なところ、一体なにを思えばいいのか、検討もつかないのだ。
2011年3月12日土曜日
2011年3月11日金曜日
川の流れのように(byひばり)
最近ひきこもり願望がひどい。
週末に色んな人にたくさんあったからだろうか。
どうしてこうも他人の感触が変になってきたんだろう。
前はこんなに強く変に感じる事は無かった。
多少、気持ち悪い部分はあったけど、
別に我慢できたし、むしろ他人だって我慢していたはずだ。
それを一方的に「変」とか「気持ち悪い」とか、
偉そうにもほどがあると自分でも思うのだけど、
やっぱり「変」なんだなー。
お互いの何かが響き合って「たのしい」瞬間がないわけでもない。
だけど後でよくよく思い返してみると、
「変」な部分をより強調して思い出してしまう。
「ああ、あそこズレてたなー」とか、
「あの感じ嫌だったな」とか。
よくわからないけど、そんな近頃。
その事自体は、そんなに嫌なことでもないのだと思う。
ただほじくり返していちいち嫌な部分を強調させている、
私の気持ちに問題があるのだ。
どうしてそんな風になってしまうのか?
どんどん他者と距離を持とうとしているのだろう。
距離を広げる。近づかない。
自分自身を孤立化させようとしている。
そこになんの意味があるのか。
孤立化させる事で、周囲の流れに巻き込まれないようにできる。
もちろん人生は社会や他人の人生に巻き込まれることが生きるということ
なのかもしれないけれど、そうではない生き方もあるわけで。
私は巻き込まれたくない。
巻き込まれがいのある流れだったら巻き込まれてもいいけど、
つまらないイザコザやいさかいにはまっぴらごめんだ。
私は私の流れをつくる。
いや、もともと持っているので、それをより強化する。
そして、他人を巻き込む。
そんな生き方をしたいと思うのだ。
他人の悪い部分ばかりが目に付いて酷評するのは、
自分自身の立ち位置を確認するためだ。
その人にはその人の人生の流れがあって、
ただ私がその流れに全部乗れないだけだ。
流れは他人に変えることはできない。
特にその人にそのことを言葉にして伝えても、
全く無駄な事だ。より頑にその流れに執着するだろう。
ただ、私は私の流れを無言のうちに強固にして、
その姿勢を保ち続ける事しかできない。
それに気がついて、いいと思ってもらえれば、
その人は変わるし、思わなければ何も変わらない。
生きているとは、流れの中にいる、ということだ。
知らず知らずのうちに私たちは流されていて、
その中でどんなポジションを取るのかは個人の判断にゆだねられている。
強い人になりたい。
父のように、母のように。
週末に色んな人にたくさんあったからだろうか。
どうしてこうも他人の感触が変になってきたんだろう。
前はこんなに強く変に感じる事は無かった。
多少、気持ち悪い部分はあったけど、
別に我慢できたし、むしろ他人だって我慢していたはずだ。
それを一方的に「変」とか「気持ち悪い」とか、
偉そうにもほどがあると自分でも思うのだけど、
やっぱり「変」なんだなー。
お互いの何かが響き合って「たのしい」瞬間がないわけでもない。
だけど後でよくよく思い返してみると、
「変」な部分をより強調して思い出してしまう。
「ああ、あそこズレてたなー」とか、
「あの感じ嫌だったな」とか。
よくわからないけど、そんな近頃。
その事自体は、そんなに嫌なことでもないのだと思う。
ただほじくり返していちいち嫌な部分を強調させている、
私の気持ちに問題があるのだ。
どうしてそんな風になってしまうのか?
どんどん他者と距離を持とうとしているのだろう。
距離を広げる。近づかない。
自分自身を孤立化させようとしている。
そこになんの意味があるのか。
孤立化させる事で、周囲の流れに巻き込まれないようにできる。
もちろん人生は社会や他人の人生に巻き込まれることが生きるということ
なのかもしれないけれど、そうではない生き方もあるわけで。
私は巻き込まれたくない。
巻き込まれがいのある流れだったら巻き込まれてもいいけど、
つまらないイザコザやいさかいにはまっぴらごめんだ。
私は私の流れをつくる。
いや、もともと持っているので、それをより強化する。
そして、他人を巻き込む。
そんな生き方をしたいと思うのだ。
他人の悪い部分ばかりが目に付いて酷評するのは、
自分自身の立ち位置を確認するためだ。
その人にはその人の人生の流れがあって、
ただ私がその流れに全部乗れないだけだ。
流れは他人に変えることはできない。
特にその人にそのことを言葉にして伝えても、
全く無駄な事だ。より頑にその流れに執着するだろう。
ただ、私は私の流れを無言のうちに強固にして、
その姿勢を保ち続ける事しかできない。
それに気がついて、いいと思ってもらえれば、
その人は変わるし、思わなければ何も変わらない。
生きているとは、流れの中にいる、ということだ。
知らず知らずのうちに私たちは流されていて、
その中でどんなポジションを取るのかは個人の判断にゆだねられている。
強い人になりたい。
父のように、母のように。
2011年3月8日火曜日
ぐうぜんはひつぜん
![]() |
| 富士山 |
東京から帰ってきた。
今回も色々と収穫のある上京だった。
土曜と日曜は河口湖の付近でバーベキューをして、
音楽を聴いてみんなでわいわいする。
6年ぶりの再会などもありのんびりすごす。
帰りに温泉に寄って、ほうとうを食べて、近くにあった
久保田一竹美術館に寄って感動する。
久保田一竹さんが創った尋常じゃない美しさの着物と、
収集されていたトンボ玉が展示しているのだけど、
建造物もいちいちこだわり抜かれていて、
私は今まであんなにすごい美術館に行った事はない。
騙されたと思ってみんな行ったほうがいい。
絶対に損はしない内容なので。
東京に戻ってくると友達と高円寺に行って
コーヒーを飲んだりご飯を食べたりする。
ものすごくたくさんのことを聴いたり喋ったりして、
なんだか不思議な気分だった。
きっと彼女と縁があるのだろうと思った。
実際色々なことを考えた。
頭が良くて、姿もかわいくて、いいエネルギーを持っている。
単純にそんな女の子が好きで、
そんな女の子が見てきた地獄とか、抱えているものについて、
私はこれからも考えていきたいと思った。
日曜日はなぜか雪が降り、行動しずらかったので、
地下の薄暗い喫茶店で4時間ぐらいずっと本を読んだ。
本を選ぶために本屋さんに行って二冊チョイスした。
バナナマン特集の「クイックジャパン」と
細野晴臣さんの「分福茶釜」。
その前に原節子特集の雑誌と、
能町みね子の「くすぶれ!モテない系」を立ち読みしたのだけど、
この女の格差はなんだろうか、と思った。
私は原節子や、浅川マキなどの昭和にいたどっしりしたタイプの女が
すごく好きなのだけど、近頃ではそんな女はどこを探してもいない。
「くすぶれ!モテない系」の内容、特に巻末にあった、
「モテキ」の作者、久保ミツロウ氏との対談には寒気がするほどだった。
「そこまで計算して、男に相手してほしいわけ!?」と。
モテるとか、モテないとか、この現代に蔓延している、
安っぽい感覚ってなんなんだろうか。
これが全部を台無しにしているような気さえする。
とにかく、つまらなくて、いじけていて、みっともない女たちがいる。
しかも、それがウケるということは、相当数いる。
そのことが、かなりやばいと思う。
容姿に対するコンプレックスと、妙な頭の良さにより、
誰も言葉にできなかった曖昧な世界を
見事に言語化にしているという点で、確かに評価すべき点もあるだろう。
女の開き直りはまじで怖い。というか、やっぱりみっともない。
でもそれをきっちりと自覚した上で、彼女はそれをし続けるだろう。
それが仕事だし、それによって何かを発散できる人々がいるのだから。
しかし、それにしてもこの不快感はなんなんだろうか。
この、感覚に全てが覆われてしまう前に、
カウンターで違う夢を打ち出さなければ、女に明るい未来はない気がする。
世の中の全ての創作は、世の中の流れに対抗するために創る。
そんな風にして世界はどんどん豊かになるのだろう。
と、話が脱線したけれど、
細野さんの本がほんとに良くて、これについてはまた後日書くつもり。
夜は新宿で友人達とご飯&飲み。
ラーメンの話で盛り上がりそのまま歌舞伎町の天下一品行って、
こってりラーメンを食べる。
今日は東京近代美術館で催されている「岡本太郎展」の初日に行った。
これがすばらしかった。
全体の流れも解りやすく紹介されていたし、作品も充実した内容だったと思う。
太陽の塔の制作の過程を紹介するコーナーでは、
私は思わず涙ぐんでしまった。
岡本太郎の人間としての大きさが、
目の前にぐいっと迫ってきて、心の底から感激したのだ。
自分がいかにちっぽけな世界を創って、
その中で安住しているか思い知らされた。
過去を知ることで、自分が今何をすべきかを知る。
それは、岡本太郎も、水木しげるも、細野晴臣も、同じだと思った。
自分なりの感覚で歴史の掘り下げていく作業がとても大切なのだ。
美術館の外にはガチャガチャもあって、
海洋堂の岡本太郎作品のフィギュアもゲットできる。
新幹線で帰って夕方には三重に戻ってきたのだけど、
私には私がやるべきことがある、とじんわりと確信した。
拙い言葉で具体的に言うと、
「女の解明」「芸術への愛」「正しい歴史認識」
のようなこと。
その辺を辛抱強く深めていくことで、
自分の中で世界がより明確に浮き彫りになるのではないかと。
そういった点で、河口湖で見た久保田一竹の着物や、
岡本太郎の世界は今の私にとって必要なエネルギーの形だったといえる。
2011年3月4日金曜日
4月のある晴れた朝に100%の女の子に出会うことについて
昨日はヨシダダイキチさんというシタール奏者による、
スルバハール(シタールとよく似た形の大きい楽器)の演奏会に
行ってきました。
演奏の前に楽器の説明があったのですが、
海の底、もしくは真っ暗な洞窟の奥でおじさんがお経をあげているような、
そんな音色を醸し出す楽器で、「寝てください」と言われたので、
とりあえず目をつぶって聴いてみました。
目をつぶって音に集中すると音の流れが形で見えて、
それがとても美しいというか心が凪いでいく感じがしました。
前半はゆっくりと穏やかでほんとに寝そうだったのですが、
後半はわりと気持ちが高揚するような音でした。
セミが鳴いているような音が心地よかったです。
「宇宙の音だわ」となんとなく思いました。
音を言葉で説明するのは難しく、
やっぱり音楽でしか開かれない世界というのがあるなぁ、
とひしひしと思いました。
それぞれが、それぞれの得意を使って一番前に行こうとしてるんだなぁ、
と改めて思いました。
そしてミュージシャンってすごく楽しそうで羨ましいです。
私が楽しくないわけでもないのだけど、
もっと、ごちゃごちゃ汚い事を考えているような気がします。
私が読みたかった村上春樹作品は、
「カンガルー日和」ではなくて「風の詩を聴け」だったのですが、
それでもカンガルー日和はおもしろかったです。
短編が抜群に巧くておもしろい。
落語と通ずるものを感じます。
「4月のある晴れた朝に100%の女の子に出会うことについて」
は村上春樹の短編の中でも一番好きな話かもしれません。
自分にとって100%の異性がいるわけないと思っていても、
どこかでこの物語のようなドラマティックな出会いに憧れているのかもしれません。
そして世の中にはその夢をハナから見てない人か、もしくは諦めている人か、
諦めていない人に分類されるのだと思いました。
スルバハール(シタールとよく似た形の大きい楽器)の演奏会に
行ってきました。
演奏の前に楽器の説明があったのですが、
海の底、もしくは真っ暗な洞窟の奥でおじさんがお経をあげているような、
そんな音色を醸し出す楽器で、「寝てください」と言われたので、
とりあえず目をつぶって聴いてみました。
目をつぶって音に集中すると音の流れが形で見えて、
それがとても美しいというか心が凪いでいく感じがしました。
前半はゆっくりと穏やかでほんとに寝そうだったのですが、
後半はわりと気持ちが高揚するような音でした。
セミが鳴いているような音が心地よかったです。
「宇宙の音だわ」となんとなく思いました。
音を言葉で説明するのは難しく、
やっぱり音楽でしか開かれない世界というのがあるなぁ、
とひしひしと思いました。
それぞれが、それぞれの得意を使って一番前に行こうとしてるんだなぁ、
と改めて思いました。
そしてミュージシャンってすごく楽しそうで羨ましいです。
私が楽しくないわけでもないのだけど、
もっと、ごちゃごちゃ汚い事を考えているような気がします。
私が読みたかった村上春樹作品は、
「カンガルー日和」ではなくて「風の詩を聴け」だったのですが、
それでもカンガルー日和はおもしろかったです。
短編が抜群に巧くておもしろい。
落語と通ずるものを感じます。
「4月のある晴れた朝に100%の女の子に出会うことについて」
は村上春樹の短編の中でも一番好きな話かもしれません。
自分にとって100%の異性がいるわけないと思っていても、
どこかでこの物語のようなドラマティックな出会いに憧れているのかもしれません。
そして世の中にはその夢をハナから見てない人か、もしくは諦めている人か、
諦めていない人に分類されるのだと思いました。
2011年3月3日木曜日
くだらないの中に
星野源のファーストシングル「くだらないの中に」聴きました。
めさめさよいですよ、これは。
ミーハー心をくすぐられます。
最近の星野源の活躍には目を見張るものがあり、
GINZAという女性誌でエッセイがスタートすると昨晩のラジオで本人が言っていたのですが、
(これはananで宮崎吐夢と篠崎真紀が連載してたのと繋がってるような気がする。)
「てかGINZAかい!」とツッコミを入れたい気持ちがあるものの、
新しいファン層を獲得しようとがんばっているんだと思うと素直に応援したくなります。
去年の今頃はこれほどまでの盛り上がりはなかったはずなのですが、
1年足らずでどんどん上り詰めていく彼を遠くから眺めていると、
どこまでいくのか見物だな、という好奇心が出てきます。
多分もうライブに行く事はないと思うのだけど、
これからも遠目から見続けていこうと思います。
てか言葉のセンスがあるね。やっぱ。
シンガーソングライターっていいなぁ。
特典のDVDがたのしみです。
昨日、坂井真紀さんがツイートしていた、
立川志らくの「立川流鎖国論」が読みたいので図書館いってきます。
あとなぜか村上春樹の「カンガルー日和」も読みたいので読もうとおもいます。
2011年3月1日火曜日
採用!
U-zhaanさんのホームページで展開されているQ&Aコーナーに採用されました!
しかもピンチヒッターのレイハラカミさんに答えてもらえました!
なんか想像してたより嬉しいので、
ツイッターでのつぶやきだけでは満足できず、
ブログにアップします。
わりと切実な悩みを、
レイハラカミさんがすごい真面目に答えてくれております。
ありがたし。
http://u-zhaan.com/q_and_a/
しかもピンチヒッターのレイハラカミさんに答えてもらえました!
なんか想像してたより嬉しいので、
ツイッターでのつぶやきだけでは満足できず、
ブログにアップします。
わりと切実な悩みを、
レイハラカミさんがすごい真面目に答えてくれております。
ありがたし。
http://u-zhaan.com/q_and_a/
ぐらり、よろめき、たちくらみ
「海月姫」めちゃくちゃおもしろかったー!
ひさしぶりに、きゅんきゅんした!
てか、作者の実話に基づくあとがきがおもしろすぎる。
東村アキコさんの他の漫画もよみたいなぁ。
アニメにもなってるみたいでして、
今度みてみようー。オープニング曲チャットモンチーだし。
てか、ブロス買ってちゃんと読もうー。
突如、ぐっとなって、涙があふれそうになる瞬間がある。
すごく綺麗なことしか心に浮かばない時間.
そんな時は、神様がやってきてるのだと思っている。
目には見えないけどすぐ近くにいて、
「よしよし」してくれているのだろうと想像する。
そんな風に色んな人のところに行って、
突然人を感動的な気分にさせたりするのが神様の役目なんだろう。
最近そんな気持ちになることがよくあるので、
たぶん私はこれでいいんだという結論に至る。
人間が誰でも持っているであろう、
綺麗な綺麗な部分をいつか私なりに形にしたい。
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