2011年12月25日日曜日

今日もケーキがうまい


伊勢のフレンチの名店「カンパーニュ」のクリスマスケーキです。
見た目もすばらしいけれど、味も完璧すぎるほどのうまさで、
生涯ナンバーワンケーキに認定したいとおもいます。
来年もカンパーニュのクリスマスケーキが食べれるのかと思うと、
待ち遠しくて仕方がありません。
彼氏が居ようが居まいがもはや関係ないほどの感動がもたらされました。
ありがとう!カンパーニュのパティシエ!

さてクリスマスも無難に過ぎ去り、
いよいよ怒濤の年末年始に突入です。
伊勢神宮の初詣客相手に働いて働いて働きまくろうとおもいます。
風邪をひかないように注意して、もりもりムキムキがんばります。
何かの縁でこのブログを見ている人たちも、
どうか体調を崩さないように元気に年末年始を過ごしてください。
こたつでテレビを観ながらダラダラするのもよし、
どこかに出掛けるのもよしです。
私みたいにみんなが遊んでるときに、
みんなが心地よく遊べるように働くのもありです。
世の中には色々な年末年始の迎え方があるのです。
そんなかんじで自分で自分を言い聞かせて、
今までと同じようにだましだまし人生を過ごしていこうと思います。
来年も引き続きだましだまし生きていけたらと思います。

2011年12月12日月曜日

神戸と京都


この土曜日曜と神戸と京都に行ってきました。
神戸では元町に行って買い物をしました。
西宮に行く途中で電車が夙川を通過したとき、
「これがあの夙川ボーイズの夙川か」と想いを馳せ、
もちろん西宮では「ここがあの西宮の狂犬の街か」と、
感慨深くなったのは言うまでもありません。
夜になり京都ではレイハラカミさんのお誕生日会「広い世界」を観に、
クラブメトロに行ってきました。
オールナイトイベントだったのだけど、とても楽しいイベントでした。
人がたくさんいて暑くてタバコ臭くて死にそうになりながらも、
内容はどのアーティストも素晴らしかったです。
suzukiskiやsaitone、AUTORAなど、
ハラカミさんが愛していたアーティストばかりが集結して、
とても気持ちがよい音で、一晩中たのしめました。
U-zhaan×レイハラカミはりんご音楽祭に続き観るのは2回目だったけど、
どんどんU-zhaanさんのタブラとハラカミさんの音との一体化ぶりが、
研ぎすまされていっているようで、お客さんの盛り上がりも一番でした。
MCも素晴らしく、アーティストとして、
どんどんU-zhaanさんらしさがうまく表現されてきていて、
その成長ぶりに感動しました。
スペシャルゲストも二階堂和美さんやくるりの岸田繁さんなど、
ほんとスペシャルでした。
途中ASA-CHANGも登場してケーキのロウソクを吹き消しておりました。
今思うと、ほんとうにおもしろくて楽しい素晴らしいイベントだったように
思います。
朝6時くらいにホテルに戻って、友達は9時半ぐらいに三重に帰り、
私はもう少し寝て、11時にホテルを出て、
うどんが食べたくなったので、権太呂という、そばうどん屋に行ってきました。
そこで「けいらん」という、うどんに出汁の効いたあんと溶き玉子と、
たっぷりのおろししょうがが乗った一風変わったうどんを食べました。
風邪の時に食べたらすごく元気でそう、
というとても優しく栄養満点の味わいで、とてもおいしく頂きました。
次に京都来たときはまた行こうと思います。
烏丸まで歩いて、フィジカルテンポという期間限定ショップに行ってきました。
そこでタナカカツキさんの「サ道」という本を、
帰りの電車の中で読もうと思って買いました。
その後また歩いて新京極を通り越して三条あたりの、
六曜社という喫茶店で珈琲を飲みました。
一緒に頼んだドーナツがめちゃくちゃおいしくて、
私の中で生涯ベストワンドーナツが決定しました。
またあのドーナツを食べに京都に行くときは六曜社に行こうと思っています。
14時50分の近鉄特急に乗って17時に地元に着きました。
家に戻ると奇遇にも猫も家を脱走していて、一晩中戻らなかったらしく、
夜になって戻ってきました。
薄汚れてホコリくさくなってしまっていたけど無事でよかったです。
猫は朝まで起きずにソファの座布団の上で寝ました。
私も21時ぐらいにはベッドに潜り込み、
朝まで起きることはありませんでした。

2011年12月6日火曜日

ふたつの目



今日は髪を切った。
ひさしぶりに前髪を短くした。
そのあとまつ毛パーマをした。
それもひさしぶりだった。

前髪を短くすると気分が高揚した。
視界がすっきりとして、まるで世界を全部見渡せるような気分になる。
髪型を変えただけで人生が変わるとは思わないけれど、
人格は少し変わるような気がする。
髪型とはそういう役割が少なからずある。

ありとあらゆることに諦めがつきまとっている。
政治も環境問題も人類の未来も、
なりゆきに任せるしか他無い、と考えている。
しかしこれはあくまでもわたし個人の思いであり、
感覚であって、言いたいことがある人は、
自由に想いの丈をインターネットにぶちまければいい。
なにか不満があればインターネットは全てを飲み込んでくれる。
嫌だと跳ね返すことは一切無い。
そんな懐の大きくて安心する存在、
それがインターネットだ。

「男達の言うことにはうんざりだ」
というのがわたしの本音だ。
男達主導の政治、男達主導の地域復興、
男達主導のありとあらゆる何か。
わたしは全てを信用していない。
勝手に語り合い、勝手に主導権争いしてくれ、と思う。
その間わたしは全然違う世界を夢見る。

「わたしはわたしの観たい夢を観る為にやってきた」
と、はっきりとそう思っている。
生きて死ぬ。
その間のある命の交錯を、わたしは必死に見つめている。
人々の美しさを注視し、わたしは夢見心地だ。

この世は地獄で天国。
その二つの側面は地球上のどの場所にもあって、
その二つからは逃れられず、
だとしたら出来るだけ天国である部分を、
眺めていようと、そう、心に誓うか誓わないか、
人生とはただそれだけの違いなのだろう。

2011年12月5日月曜日

退屈は素敵

友部正人さんと。

12月2日はカップジュビーで2年ぶりの友部正人さんのライブでした。
友部さんはとにかく佇まいが美しいです。
研ぎすまされた人特有の透明な空気感と眼差し、
それを眺めているだけで、ぼんやりとした気持ちになります。
ライブはもちろん素晴らしく、
ライブ後はCDを買って、写真も撮ってもらいました。
次の日友部さんの本が気になったのでアマゾンで買いました。
「退屈は素敵」という本です。
最近、タムくんの「なにもない」という漫画が目に留まったり、
友部さんの「退屈は素敵」というタイトルに惹かれたり、
そいういうまったりと世界に包まれています。

それは、ヒリヒリしたり、イライラしたり、
何かを手に入れようとやっきになったり、
そんな世界から解き放たれた、
優しい世界です。





2011年11月29日火曜日

にくにく


今日はイイニクの日。
つまり私の誕生日で29歳になりました。
ファミリーマートではスライム肉まんが発売開始。
さっそく買って食べました。
ほんと「イイニクの日になったなー」と感心しています。

ユーストリームではオザケンこと小沢健二さんが登場するということで、
PCの前でかぶりついて眺めていたところ、
3月と4月にライブをするよ、という告知でした。
「絶対行けないだろうなー」と思ってたいのですが、
12公演あるといういことで、「これはもしかしたら望みがあるのか…?」
と思わせるかんじでした。

色々と一方的に何かを思ったり、感じたり、盛り上がったり、
でもそれは私だけが思っていることで、
相手はそんな風には思っていない、
というのはよくあることで、私たちは常に世界に片思いをしている
ようなものなのかもしれないけれど、
それでいいのだと、29歳になって、
いろいろと素直に思えるようになってきました。
私には私の能力の限界もあるし、
見える世界、感じる世界も違うのだけど、
でもそれを私が大切にしなくては、誰が大切にしてくれるだろう、
と思った時、誰も大切にしないことに気がついたので、
私なりに思った事感じた事を大切にして精一杯に生きようと思いました。

のびのびと育ててくれたお父さんお母さん、
今まで出会った人たち、仲良くしてくれる人たち、
みんなに分け隔てなく「ありがとう」を素直に言いたくなる、
そんないい一日でした。

2011年11月25日金曜日

観察力

ディアゴスティーニみたいなやつの「源氏物語」買いました。
とても解りやすく丁寧に解説等がなされていて楽しいです。
これは最後まで買いそろえてしまいたい勢いです。

久保ミツロウさん原作の「モテキ」は、
「現代の源氏物語」だと私は思っています。
1人の男性の目を通して様々な現代の女性の姿が、
丁寧に描かれています。
同性ならではの視点できちんと「女」が書かれているのです。
例えば村上春樹さんが描く女性は、
とても魅力的で美しいですが実際そんな女性はおらず、
男の願望や欲求が投影されており、
どこかの本で「村上春樹の書く小説は男のハーレクインだ」と書いてあって、
大きく頷いてしまいました。
しかし、だからこそ私たちは村上春樹さんの美しい物語世界に、
中毒的に埋没してしまうのだと思います。

話しはもどり「源氏物語」と「モテキ」の違いはというと、
主人公がモテるか、モテないか、というのが大きな違いだと思います。
光源氏は容姿も美しく、音楽の才能も、文才もあるという、
驚異的なモテ男なのです。
なので次々と女が現れて深く関わっては別れていきます。
「モテキ」の主人公の幸世はモテません。
なのでせっかく色んな女の子とのチャンスが巡ってきても、
深く関わり合う関係にまで陥りません。
ガードが固いし、何よりも自分の事しか考えていません。
女性に対する見方が薄っぺらいのです。
そして人の表層的な部分で判断して、
うだうだと試行錯誤し、結局は誰とも付き合わないという、
悲しいお話です。
しかしそれは実に現代的とも言えるので、
今の若者達の人との関わり方をとてもリアルで、
忠実に表している作品だと思います。

「源氏物語」の光源氏はとにかくお母さんが一番で、
母を思う愛が全ての根源です。
しかもお母さんは光源氏が幼い時に亡くなるので、
これがますます幻影を深めて行く原因にもなっています。
ここに女性に求める力強い世界が出来上がっており、
そこをベースにして女性たちと接し、求め、繋がっていくのです。
つまりそういうものがないと、
なかなか深く女性にコミットしていけないのではないか、
とも考えることが出来ます。
全ては母の愛=呪いが原因なのです。

それにしても、愛だの恋だので頭の中をいっぱいにできるのは、
とても平和で幸せなことなのではないかと思いました。
国家が破綻しようと、世界中に放射能の雨が降ろうと、
愛だの恋だのにうつつを抜かすことができる、
強い人間でありたいと思いました。

2011年11月21日月曜日

再会


ホームセンターの園芸コーナーをぶらついていると、
ダリアが誇らしげに咲いていたので買ってしまいました。
私の場合ガーデニングではなく園芸です。

明日、母の中学生のときの同級生が、
名古屋と岐阜からやってくるので、
お茶請けやお土産のお菓子などを買いに行きました。
なんか40年ぐらいぶりみたいです。
想像を絶する月日の長さです。
40年経ってから再会とかどんな気分なんでしょうか。
同級生と話していると中学生のころに戻るそうです。
そういうの楽しそうだと思いました。
ちなみに、私は年末に高校のときの同窓会があるのですが、
行くかどうかわかりません。
結婚したか、してないか、
付き合っている人は居るのか、居ないのか、
何をしているのか、等のお決まりの確認作業みたいな、
ことになるのだろうと想像がつくし、
なにか疲れることになる気がして行くのをためらっています。
とはいえ、高校のときは高校のときで楽しかったなー、
と最近あの頃を思い返しています。
「くっだらない事に腹をかかえて死ぬほど笑う」
という瞬間が少なくとも今よりは頻繁にあった気がします。
なにがおかしかったのかはわからないけれど、
酔っぱらったみたいに笑う子供のあの感じは、
今となってはものすごく愛おしく、
あの瞬間さえ永遠続けることができれば…!
と、思う事もしばしばです。
だからどんなにシリアスな世界がやってきても、
お笑いはずっと好きなのかもしれないです。
「笑いのセンスを磨く」というテーマは、
わりと切実な人生のテーマものだったような気がします。
ということを、今さら思い出してきました。
書いてるうちにどんどん陽気な気分になってくるなんて、
とても珍しいことなので、もっと色々書いてみたい気もしますが、
ストーブの灯油が切れて部屋が寒くなりそうなので終わります。

2011年11月14日月曜日

ごぶさた



最近はもっぱらツイッターで日々の何かを発散しており、
ブログとは疎遠になっておりました。
「所詮140文字以内で解消できるなにか」
であることに、気付きがっかりしたような、
さっぱりしたような、そんな気分です。

しかもこれといって更新したくなるようなホットな話題もなく、
日々はいつも通りに、のんべんだらりんと勝手に更新していきます。
あ、いしいしんじ氏の「四とそれ以上の国」と、
西村賢太氏の「苦役列車」読みました。
どちらもおもしろかったです。
西村賢太氏は「芥川賞とったのに彼女が出来ない」という
悩みというか愚痴のようなものをこぼしている記事をどこかで
読んだのですが「そりゃできねーよ!」という作品内容でした。
しかも「嫁や子どもにお金使いたくないから結婚しない」
とまで言い切っていました。
わかりやすくていいな、と思いました。

あと東京に11月11日に1日だけ1人で行って、
科学未来館でやっているハラカミさんのプラネタリウムと、
両国のカイシアターという劇場で、
ドフトエフスキーの「白痴」の舞台を観てきました。
しかも11月11日はドフトエフスキーの誕生日だったそうです。
どちらも私の人生にとってとても意義のある作品だったように思います。
東京駅に向う電車の中でひさしぶりの満員電車に遭遇してしまい、
「田舎かえりてー」と心の底から思いました。
そして都会の人々が頻発する人身事故に慣れ過ぎていて、
「電車で事故にあって怪我をした、もしくは死んだ人がいる」
という事実に全く想像力を働かせない、エネルギーを費やさない、
習慣が自然と身に付いていて、
現実に不感症になっていることに少し恐怖を覚えました。
不感症にならなければ、日々を平和にやり過ごせないのはわかりますが、
それは毎日テレビから流れてくる悲惨な事故や事件に関しても言えることでも
あるけれど、なにやら薄気味悪さを覚えてしまったのでした。
そんな風にして、都会の人々が色々な事に不感症になって、感覚が麻痺して、
本当の非常時に我々は何も感じる事ができなくなり、
いつの間にか世界は滅びてしまうのではないか、
と思ったりしました。
花沢健吾さんの漫画「アイアムアヒーロー」の世界のように。

と、なんだか話しが脱線してやっぱり暗くなってしまったので、
ここらで終わります。

2011年10月31日月曜日

10月最後の週末


28日金曜日はおはらい街で「ヨイ夜な」という灯りのイベントが催され、
献灯コーナーで、ASA-CHANGの震災復興プロジェクト
「プロジェクトFUKUSHIMA!IWAKI!!」の献灯を創りました。
こういう形で、伊勢神宮から東北の復興に祈りを捧げる事が出来て、
とても嬉しかったです。
効き目があったらよいな、と思います。
カップジュビーではライブが行われ、
飛び入りで参加された安藤明子さんがとてもよかったです。
三重出身で京都で音楽活動をされている方でした。


29日土曜日はキングブラザーズのライブでした。
長野の岡沢じゅん君や、四日市のtioも参加していました。
撃鉄は神聖かまってちゃんとマネージャーが同じバンドで、
たしかにかまってちゃん的な匂いがしました。
時々虎のぬいぐるみと戯れたりして、
ハラハラどきどきするパフォーマンスでした。
そのあと黒猫チェルシーで、最後はキングブラザーズでした。
めちゃくちゃ濃い一日を過ごしました。
久々の爆音は二日ほど耳を馬鹿にしましたが、
それでも行ってよかったと思えるバンドでした。
最後は打ち上げにこっそり潜入して、
“西宮の狂犬”ことマーヤと写真を撮るという目標を達成しました。
(↑上の写真参照)
マーヤはとてもいい人で、友達と髪型を褒めてもらいました。
ちなみに髪型を褒められたのは今月に入って2回目です。
「伊勢にこんなかわいい子いるんだ!」とびっくりするぐらいの、
かわいい女子高生がマーヤと話しをしておりました。
リンダといい、びっくりするぐらいかわいい子にモテるのが、
キングブラザーズなのかもしれません。
そもそも皆若くて、確かに若い子が好みそうな、
音楽だなーと思いましたが、
私も普通に「カッコイイ!」と痺れさせて頂きました。



我が家の猫です。
目が緑でとても綺麗に撮れたのでアップしておきます。
明日から11月です。今年もいよいよ後半です。
様々な雑念が頭の中に去来しながら(ツイッター参照)
そんな事は関係なしに人生は勝手にずんずん進みます。

2011年10月30日日曜日

キングブラザーズ@伊勢リズム

キングブラザーズ観てきました。
死ぬほどかっこよかったです。
CDなどの音源がまったくの無意味だと思わされる、
最高のパフォーマンスでした。
スピーカーの前に居たためか、
右耳の調子が今だにおかしいですが、
それでもまた観に行きたいと思わせるバンドでした。
女子とか居るのかな〜と思ったら、わりと女子が多くて、
そういえば大学生のときミッシェル大好きな女子が居たな〜
と思い出しました。
そして、なんとなくこの歳になりやっと、
キンブラなどのハードコアロックやパンクロックを受け入れる事が出来る、
という謎の現象がおきております。
たぶん、昔より今の方がエネルギーが溢れているからだと思われます。
今更ブルーハーツなど聴いた日には歌詞が染み過ぎて、
マズいかもしれません。

2011年10月26日水曜日

墓地デート

今日はお父さんと墓地に行った。
分厚い雲が空を覆い今にも雨が降り出しそうだった。
最近買った墓地用の土地をみるのが目的だった。
景色や周囲の様子を丹念に確認していた。
お父さんが死んだら本当にここに居るんだろうと、
きちんと信じられるほどだった。
春になったら桜がきれいな場所で、見晴らしもよいので、
晴れたらお弁当を持ってお墓参りに行くのもいいかもしれない。
そんなことをぼんやり想像したら、
なんだかとても幸福な気分になった。
そう、墓地はとても安らぐのだ。

こないだ古市というところに行ってきた。
古市は日本の三大遊郭のひとつだ。
江戸の吉原、京都の島原、伊勢の古市。
でも今はもうその頃のおもかげはすっかり無くなってしまっているのだけど、
一軒「麻吉」という旅館が残っていて、そこに行ってきた。
当時は浄瑠璃や歌舞伎などを観る小屋もあったそうだ。
古市で起きた殺人事件が歌舞伎や義太夫で作品となっていたりもする。
文化的にも随分発達していたようだ。
きっとたくさんの美しい遊女や芸奴さんが生活していたのだろう、
と、想像を膨らませて散歩してきた。








2011年10月14日金曜日

ばるぼら


最近また手塚治虫氏の文庫版が新しく出版されているようだ。
たまたま目に入って読んだことがない作品だったので、
あと、なんとなく表紙に描かれている女の人に惹かれて、
amazonでポチっと買ってみた。
それと、名前の不思議さ。

帯にはこんな風な紹介文が書いてある。
「謎に満ちた少女バルボラ、はたして彼女は悪魔か女神か!?
芸術家の栄光と苦悩をめぐる幻想譚」

出だしはこう。
「都会が何千万という人間をのみ込んで消化し、
たれ流した排泄物のような女、それがバルボラ」

表紙の女バルボラはいつもお酒をのんだくれていて、
新宿駅の構内でみすぼらしい格好でうずくまっている所を、
作家に拾われるところから話しが始まる。
しかもその作家が異常性欲者という謎の欠陥を持った人で、
マネキンやら犬やらを人間と間違えて好きになってしまう。
その危機的状況を救うのがバルボラなのだけど、
とにかくバルボラはミューズなのだ。
あらゆる芸術家の前にあらわれて、ツキと幸運をもたらす。
ミューズに飽きられ、捨てられた芸術家は落ちぶれる。
時には気に入らない男を藁人形で呪いをかけて、
殺してしまうほどだ。
そんなミューズ・バルボラの魅力にどんどん取り憑かれていった男が、
精神的に異常をきたしておかしくなってしまう、
という話し。

色々と思う事があるいい漫画だったのだけど、
その中でも印象に残ったところをあげるとすると、
芸術家が政治に傾倒する場面が何度か登場する。
ミューズはそれを止めようとするし、
政治に傾倒した芸術家はろくなことがない、
という一貫したスタイルで書かれている。
手塚治虫氏の漫画はどれも政治の書き方がうまい。
汚さや黒さなど政治の本質を的確に捉えている。

バルボラは「魔女」なのである。
「魔女」はその場に応じて自らの性質を変幻自在に変えて、
常に物事の本質を捉えていて、ずぼらで、怠慢、かつ自由なのだ。
何ものにも束縛されていない。
普段はみすぼらしい姿でカモフラージュをするが、
時々ものすごくいい女である。
「魔女」についてこれからも研究していきたい。

読み終わって、ふと山岸凉子氏を思い出した。
私の敬愛する漫画家なのだけど、
たしか手塚治虫氏の息子と結婚している。
「あーなるほど、そりゃ結婚するわ」
と、物事の道理を知った。
世の中結婚すべき人と結婚するし、
そういう結婚は解りやすくておもしろい。
あと、オノ・ヨーコ氏も最強の魔女だなぁ、とおもった。
確かに女は愛してくれる男がいて、より輝けるものなのだろう。
この世の秘密を知っている女というか。

あ、追記。
男がいろんな女に手を出すということは、
それだけ、色んな女から恨まれたり、呪われたりするということで、
結局いい事は起きないんだろうな、と思った。
特に魅力的な女の人ほど、魔力が強いということだから、
ひとたび怒ったり、恨まれたりしたら、
ほんとうにろくな事が起きないと思う。
魅力的な女の人に近づく場合、その辺、覚悟した方がいい。

2011年10月12日水曜日

結婚ラッシュ

30歳も近くなると、交遊関係の狭い私でも結婚の話しを度々聞くようになる。
しかし今の私には全くの無縁のものだということがわかる。
はたしてこれが「今の私」なのか「これからの私」なのかはわからない。
ただ私に縁のないものであることは、肌身でわかっている。

私は自分のことをある程度解っているつもりなので、
「なんで結婚できないんだろう」
なんて悩んだり、焦ったりしない。
「結婚できなくて当たり前だな」
とおもう。
あと「なんで彼氏ができないんだろう」
なんて悩むこともない。
「彼氏が欲しい!」と思ったりもしない。
ただ都合のよい体だけの関係が持てないだろうか、
と少し考えることもあるがそれも面倒だと思うので持たない。
そもそも「肉体関係を持ちたい」と思える異性に出会わない。

結婚とか付き合うとか、
第一に「肉体関係」という大きな関門がある。
全ての結婚および交際している男女は肉体関係を持っている。
少ない多いはべつにして、肉体関係のない付き合いはない。
と、私は考えている。
というか、付き合っているよ=セックスパートナーですよ、
と言ってるようなもので、それってなんか恥ずかしくない?
とか思うほど若くはないが、
時々ふと冷静に「わたしはあの人と付き合ってる」なんて台詞をきくと、
「ああ、しょっちゅう会ってヤってる相手ね」
なんておもう。
もしくは「付き合いたい」なんて言葉をきくと、
「ああ、ヤりたいんだなぁ」と思っている。

結局人と人の間柄から、男と女の間柄に飛躍する為には、
「セックスしたいかどうか」
ただそれだけである。
実にシンプルだ。
愛とか恋だとかは全て後付け、ただの人間の照れ隠しである。

「いいセックスができそうだな」
と、思える異性はパッと見た感じでだいたいわかる。
とはいえ、実際そう思っても、
そういう異性はだいたいすでにパートナーが存在しているので、
その行為まで到達することはない。
こちらの一方通行で終わる。
そしてそんな異性には滅多に出会えない。
今のところ三重県では0%だ。
しかし三重県はやたらとラブホテルが至る所にある。
暇つぶしにパチンコと男女の発情はもってこいなのだ。

「結婚できそうにない女」と自負している私でも、
時々異性に好意を寄せられることはけれども、
ほとんど、「ああ、この人とセックスはできない」
という身体感覚によって却下される。
頭で考えていない。体である。体は素直なのだ。

こちらが全くその気を見せない限り、
相手は発情してこないのかといったら、
そうでもない人もいる。
傷つくことを恐れないというか、
愛されている事を信じて疑わない人、
というのがいるのだ。

とにかくどんな縁で他人と結ばれて、
どんな想いのバランスで結婚に至るのかは、
全てのカップルによって違うのだろうけれど、
せっかくなのでこれから始まる結婚ラッシュを、
遠くから眺めて観察していこうと思う。

キングブラザーズとわたし


今月末に伊勢にキングブラザーズがやってきます。
実は私はこのライブをすごく楽しみにしています。
大学時代の友人に話しをしたところ、
高校の時キンブラがすごく好きだったらしいです。
キンブラのようなバンドを結成したり、
マーヤの真似をしてまゆ毛を抜いていたほどで、
ライブの時にはマーヤに話しかけたことさえあるという話しを聴きました。
大学生の時「モノラルヘッドフォン」というバンドをしていた、
ウサミくんという男の子がいたのですが、
彼もキンブラに影響を受けてバンドしていたそうで、
思い返してみれば、確かにキンブラに似ていました。
しかしウサミくんは太っていたので、お笑いに近かったです。
ルックスはおもしろいけど、曲はすごくかっこいいという、
ギャップがたまらないバンドでした。

そんなわけでキンブラと私は、
妙な繋がりがあると勝手に思っていて、
これは観に行かなくては!と盛り上がっている次第です。
ちなみに、私がブルーハーブを知ったのも、
友達のお兄さんがマーヤに「最近どんな音楽きいてるの?」
と聴いたところ「ブルーハーブ」と答えたかららしく、
マーヤ→友達兄→友達→わたし
というブルーハーブの伝播の構図が浮かび上がり、
これまた勝手に繋がりを見出しているわけです。

西のキンブラ、東のミッシェル、と言われているそうなので、
ミッシェルガンエレファントの中で好きな曲をアップしておきます。
「青い春」という映画で使われていた「ドロップ」という曲です。


「青い春」と「リリィシュシュのすべて」を続けて観てみたらどうだろう、
という欲望が出てきましたが、死んでしまいそうになる気がしました。
ものすごく元気な時に一度やってみたいと思います。

2011年10月10日月曜日

木曜日とジョブスと三連休

木曜日にライブが終わって、
あれよあれよという間に三連休に突入して、
ようやく明日はお休みです。

塚本功トリオ@カップジュビー、
たくさんの人たちに来て頂き大盛況のうちに終わりました。
ほんとうにありがとうございました。

オーガナイズという作業を通して、
見えたことがたくさんあります。
自分のこと、友達のこと、住んでいる街のこと。
どれだけ自分が街を愛し、音楽を愛しているか、
ということを試されていたような気がします。
地元にアーティストを呼ぶことは、
リスクもありますが、やりがいも随分あります。
ただ、リスクを背負ってまでイベントを企画したい、
と情熱を持って音楽に向き合っている人が、
ほとんど居ないという現実も見えました。
ただ今回これだけの需要もちゃんとあることに気付きました。
きちんと企画すれば反応が返ってくる。

この三連休の間、言葉を無くしてしまい、
とまどっていたのですが、
ようやくこんな風に文字に起こしています。
たぶん、たくさんのことを受け取っていて、
それが脳の処理スピードに追いついていないのだと思います。

何も考えていなかったわけではないですが、
いつも以上にぼんやりとしていたような気がします。

ジョブスが亡くなってツイッターでスピーチの映像が急激に広まったりして、
とにかくいろいろなことが同時に起こった週末でした。

普通に戻るにはもう少し時間がかかりそうです。

2011年10月3日月曜日

みゅ〜じっくへぶん

土曜日は地元のイベント「music heaven ise」に行ってきた。
高額のふかふかのソファでU-zhaan&ヨシダダイキチのインド音楽を聴けたのは、
とても贅沢だった。
そのあとのサブアリーナでのROVOもめちゃくちゃかっこよかった。
VJも素敵だった。
前夜にクラゲについて考えていので、
クラゲの映像が出てきてびっくりした。
びっくりしすぎて、あんまりおもむろにびっくりできない感じだった。
どうやら震災の影響であまり準備ができなかったようで、
人員的に少し寂しい感じだったけど、
来年にとても期待したくなるイベントだった。
色んなジャンルのミュージシャンを招いて、
色んな物販とか用意して、もっと地元のものを売ったりして、
全国から人がやってくるようなイベントにしたらいいと思う。
普通の感覚の地元の人たちのことも考えて間口を広くして、
もっともっとピースフルになったらいいだろうなぁ、
とおもう。
税金使ってるんだしもっと地元に還元できたらいいだろうな。

こういう派手なやつは他人に任せて、
地味なことをやっていこうと密かに目論む。

2011年9月29日木曜日

【あと一週間!】塚本功トリオ

じわじわと近づいておりますよ。
なにがって塚本功トリオの伊勢でのライブ。

各地のライブレポートもアップされております。
三軒茶屋
http://bit.ly/nj1AbC 


水戸
http://bit.ly/pEjsxt

どれ読んでもすごく楽しそうだし、行きたくなる!
こんな文章を書かねばですね。

塚本功トリオの醍醐味は「グルーヴ感」にあると思っていて。
大きくて正確なグールヴは大人も子どもも楽しめる。
一瞬のうちに「うわあ、すげえ」ってなって、
誰でも簡単に乗っかれて、どっかに持って行ってくれます。
本当にたくさんの人に聴いてもらいたいライブ。
新たな音楽体験が待っていますよ!


塚本功トリオ「Stompin’ Boys~Gose to Japan~」TOUR
 今年3〜4月に行われたワンマンツアー
 (姫路、神戸、大阪、御殿場、所沢、桑名、松坂、金沢、全8公演)
では 震災直後の動乱のなか全公演を決行!! 
”自粛ムード”や”未像有の丌安感”を吹き飛ばすかのような快演!
を繰り広げ 『ストンピンボーイズここにあり!』と、
 匂い立つ程の存在感を各地で巻き起こした彼らが9月から全国まわります!

「全ての音楽好きに捧げる最強のカフェバンドがついに伊勢に上陸! 
男前でクールなギター&ヴォーカルの塚本功、 
洗練された音を奏でるウッドベースの長山雄治、
 日本最高峰のドラマーASA-CHANG。 
百戦錬磨の猛者たちによるセンスとセンスのぶつかり合い! 
かつてないほどの素晴らしく楽しい夜になること必至です! 
是非その目で耳で体感しにきてください!
 今回三重県では伊勢のみなのでお見逃し無く! 」
 企画者サカモト

 10月6日(木) 伊勢おはらい町カップジュビー
 open18:00 start19:00
 adv¥2500 door¥3000(+1D500円)
予約:カップジュビー0596-23-8560 manjuu33@gmail.com

 塚本功トリオ (塚本功vo,g/ ASA-CHANG d/長山雄治 b)

 opening act 外村伸二project


モテキ

映画「モテキ」を観てきました。
細かいところにたくさんの情報が詰め込まれている感じで、
もう一回観たくなるように作られているように思います。
DVD出たらもう一回観ようと思います。

東京に出たら「モテキ」みたいに、
若い男女の発情に翻弄されるんだろうと思うと、
やっぱりしんどいなぁ、と思いました。
1回ぐらいは楽しいかもしれませんが、
あれが何回も起こるとなると、
ちょっと虚しいというか、悲しいというか、
やっぱり私は低刺激の田舎暮らしが性に合っているような気がしました。

春に友達と高円寺に呑みに行っただけで、
なにか心許ない風景が見えてしまい、
「やっぱり東京に私の居場所はない」
と、感じたのを覚えています。
おもしろい人や楽しい人がたくさんいる街ですが、
私が住むのとは違うのだと感じました。

そんなこんなで「モテキ」はおもしろいです。
いかに若者がみっともなくて、汚くて、つまらないことに、
純粋に夢中になっていて、
いかに音楽の歌詞の世界に影響されて人生が動かされているかが、
垣間見える映画だと思います。是非。

2011年9月23日金曜日

呑み呑まれ

昨日は久々に酒を呑むために人と集まった。
終始音楽の話しをしていたような気がする。
「みんな音楽が好きなんだなー」とおもった。
こまかい趣味は違えど音楽に対する情熱は本物だ。
住んでる街に対する諦めと期待が交錯して、
期待の方がちょっと勝っていたのがよかった。
やっぱり私はこの街で暮らし続けると思うし、
この街に住んでる人たちはみんな家族だと思えるぐらいに、
大きな気持ちで人と接して行きたいとおもった。

朝起きると二日酔いがひどく、
バイトを遅刻するという最悪のパターンとなり、
自分のダメぶりに絶望的になったけれど、
それでも笑って受け入れてくれる人たちがいる事は、
とても幸せなことなのだとおもった。
「人はそれぞれに神様から幸運を授かって生きてる」
そうおもえた。

不満や違和感はあるけれど、
自分たちのできることをするだけなのだろう。

2011年9月22日木曜日

タムくん@四日市ラジカフェ

台風がやってきて、台風が去って、
四日市に行ってタムくんのライブを観てきました。
四日市駅から歩いて5分くらいのところにある、
感じのよいお店でした。

タムくんのメルマガを購読してるのですが、
「ライブ会場で合い言葉を言ってくれたらいいものあげる」
と書いてあったので、
ライブ会場でブラブラしているタムくんを捕まえて、
さっそく合い言葉をいいました。
そしたら「手のひら出して」と言われたので手を出して、
タムくんはズボンのポケットに手突っ込んで、
丸めた手を私たちの手の上で開いて、
なにやら「気」のようなものをくれました。

ライブが始まるとゆるゆるとした空気の中、
ゆるゆるとしたタムくんのトークを交えつつ、
ゆるゆると進行していきました。
ゆるすぎてなにをしていたのかはっきりと覚えていませんが、
アニメーションの度になぜか涙ぐんでいたのは覚えています。
あと、細野晴臣氏の曲がよっぽど好きらしく、
「三時の子守唄」「風をあつめて」「風の谷のナウシカ」
をカヴァーしていていました。
どれもこれもタムくんにぴったりの曲だと思い、
素敵だなーと感動しました。
それから台風や地震の話しを少しして、
最後に「地球を信じて」と言っていたのがぐっときました。
「よくわからないことをやると深くみえる」
とぼそっとつぶやいていたり、
とにかく、ゆるさのなかにものすごく大事なことが、
散りばめられていて感動しました。

最後に本にサインをしてもらって、
「また三重にきてくださいね」と言って、
タムくんの真似をして「手をだして」と言って、
ポケットの中に手を突っ込んで、
行きの電車の中で食べていたきのこの山むらさき芋味を
友達とあげました。

とにかくいいライブで近くにやってきたら
何度でも足を運びたいと思いました。

ちなみにタムくんに、
「伊勢のエリだよね?写真よりも痩せてるねー」
といわれ、
「写真よりも明るいね。もっとクールな人かとおもった。」
といわれました。

とにかく台風が去って、いい夜を過ごしました。
また来てくれるといいなー。




2011年9月19日月曜日

彼や彼女の憂鬱

異性と付き合っていたって嫌なことあるし、
それと同じぐらい付き合っていなくても嫌なことがある。
その逆でいい事もある。
結局それぞれに一人で踊りだすしかないんだと思う。
それに巻き込まれる人もいれば、巻き込まれない人もいる。
それだけなんだろう。

例えば私が音楽を聴いて、
「すごーくたのしいなぁ」
とおもう。
色々なライブに行って、
「キャーキャー」はしゃいだりする。
そんなことちっとも興味ない人も居る。
でも私はしばらくそのことを止めはしないだろう。
私は私の、「たのしい」や「うれしい」を、
大事にしたいから。
そしてそのことをけっして他人に押し付けたりはしないんだ。
この心の躍動は私の人生の上に起こっていることで、
他人の人生には起こっていない。

死ぬまで踊り続けること。
踊るためのエネルギーを。
私はそれだけが欲しいんだとおもう。

他人がいくら冷めた言葉で水を差してきたって、
そんなのはどうでもいい。
他人がいくら寂しがっていようが、
そんなのは関係ない。
ただ、私は私なりに人生を楽しむコツを掴んでいる。
それだけが重要でそれが全てなのだ。

2011年9月16日金曜日

ぐうぜんのはたらき

ここのところ、どこかに行ったら約束もしていないのに、
たまたま会いたい誰かが居て、誰かとお喋りができてたのしいです。
「ふと足が向う」
という感覚はとても大事なことだと思いました。


最近、韓流ドラマを何作品か観るようになりました。
韓流のドラマには必ずと言っていいほど、
「救いようがない嫌なやつ」が登場します。
本当に性格が悪くて、
頭がおかしいとしかいいようがない思考回路を持った人がいます。
視聴者はその嫌なやつに終始腹をたてることになります。
あと、ものすごくいい人です。
いい人過ぎて気持ちが悪いぐらいです。
身振り手振り、表情、色々なことが滑稽で、おもしろいのですが、
これがなかなかハマるのです。
ケンカをして怒鳴り散らすシーンも結構多いです。
母曰く「すっきりする」らしいです。
私はそれが嫌で、韓流ドラマが嫌いだったのですが、
内容がわかるようになると、面白くみることができます。
「純愛」にはじまり、
「裏切り」「憎しみ」「復讐」「嫉妬」
を隠さずにそのまま表している韓国ドラマは、
たしかに世の奥様達の心のデトックス作用があるのかもしません。
若者を対象にした視聴率狙いの軽々しい日本のドラマにはない効果が、
韓流ドラマにはあるのだと確信しました。

2011年9月14日水曜日

乾電池の引力

乾電池を電気屋さんに捨てにゆこうとして、
それだけじゃつまんないなーてことで、
近くの映画館の上映時間をチェックしたところ、
「コクリコ坂から」がちょうどはじまるところで、
これは観にゆこう!と思い立ち、
観に行ったところ、ぐうぜんにも友人も一人でコクリコ坂を
見に来ておりました。
タムくんに描いてもらった似顔絵で着ていた洋服は、
その友達が作ったもので、似顔絵の件を知らせたかったので、
ちょうどよかったです。
友達もとてもよろこんでおりました。

「コクリコ坂から」は、
とてもさわやかで健全な青少年たちが満載でした。
清く、正しく、美しく、とはこのことか、
と思いました。
そしてご飯の描写がとてつもなくおいしそうでした。
さわやかな時間とエネルギーを受け取った感じがして、
素直に楽しめました。
ジブリの皆さんいつも健康的な世界をありがとうございます。
ひねくりかえった世の中に暮らして、
いつの間にかひねくりかえった人格を抱え込んでしまう私たちには、
必要なものです。
いい浄化作用でした。

2011年9月13日火曜日

退屈せず時をまてば必ずよし

てわけで、りんご音楽祭行ってきました。
しかも、初めて自分でテントたてて、ひとりで寝て、
いろいろあってたのしかったです。
また来年も行きたいなーと思いました。
長野県の松本市が美しいのもあるし、
主催者が同い年の青年というのもいいです。
応援したくなるし、学ぶべきところがたくさんあるように思うからです。
出演アーティストのチョイスもいい!
私たちのリアルがたくさん詰まってるフェスだとおもいます。

家に帰ってタムくんのメルマガをチェックしてみると、
こないだ似顔絵コーナーに送った写真が採用されていました。
そしてこのイラストが震えるほどかわいかったので、
自慢します!



学生の頃かわいい女の子をたくさん描きたくて、
たくさん描いていたのですが、
その理想の女の子そのもののような気がして、
どきどきしています。
自分の似顔絵にそんな評価の仕方をするのも、
どうかと思いますが、タムくんマジックバンザイ!
と言ったところです。
来週は四日市にライブに来るので、
そこで会えるのがたのしみです。
ではではー。

2011年9月7日水曜日

こわいもの

花沢健吾さんの「アイアムアヒーロー」読みました。
ブロスで細野さんが読んでいるという言葉に釣られて。
これが、ものすごくこわい漫画で、
こんなこわい漫画読んだことねーよ!と、
思いながらなんとか読みました。
でもこわすぎるので、実はきちんと読めてません。
絵を直視することが困難な漫画です。
でもすごくよく書けてるなーと思います。
人間は想像を超えた非常事態に直面すると、
感覚がマヒしてしまい逆に能天気になってしまったり、
ものすごく鈍感になってしまう習性みたいなものが、
リアルにかつ客観的に書かれているので、
ひしひしと伝わってきて、それがまたこわいのです。
こわすぎて読み返す事すら億劫です。
でも、やっぱり日本はサバイバルな国だし、時代だな、
と思いました。

なんとなく借りた映画「ブラックスワン」も、
これまたこわくてこわくて仕方が無かったです。
役に取り憑かれて、どんどん追いつめられて、
精神が崩壊していく様は圧巻です。
それでもナタリーポートマンは綺麗です。

なぜか今日はやたらとこわいものを続けてみてしまったので、
もうしばらくはいらないです。

10月6日の件

一ヶ月を切りました。
ということで、改めまして告知です。


塚本功トリオ「Stompin’ Boys~Gose to Japan~」TOUR 


今年3〜4月に行われたワンマンツアー
(姫路、神戸、大阪、御殿場、所沢、桑名、松坂、金沢、全8公演)
では 震災直後の動乱のなか全公演を決行!!
 ”自粛ムード”や”未像有の丌安感”を吹き飛ばすかのような快演!
を繰り広げ 『ストンピンボーイズここにあり!』と、
匂い立つ程の存在感を各地で巻き起こした彼らが9月から全国まわります!


 10月6日(木)
伊勢おはらい町カップジュビー
 open18:00 start19:00
 adv¥2500 door¥3000(+1D500円)


 塚本功トリオ
(塚本功vo,g/ ASA-CHANG d/長山雄治 b)

opening act 外村伸二project 


というわけで再び塚本功トリオがやってきます。
今回三重県では伊勢のみなのでお見逃し無く!
百聞は一見にしかずとはよく言ったもので、
とにかくかっこいいのでまずは会場に足を運んで頂けたらと思います。





2011年9月5日月曜日

豚バラ肉

豚バラ肉がやけにうまい今日です。
ちょっと厚めの、焼き肉用の豚バラ肉を焼きそばに入れたら、
とてもおいしかったです。

増田こうすけ氏の「ギャグマンガ日和」を着々と
読み進めています。
「ギャグマンガ日和」のなにがすごいって、
その素材にあるとおもっていて、
歴史上の人物をうまいこと料理していると思います。
聖徳太子、小野妹子、松尾芭蕉、ペリー、ニュートン、モーツァルト、
時代も国籍もジャンルも様々なところから持ってきてます。
宇宙人や、UFOも、度々登場するし、
「なるほどこんな描き方があるんだなぁ」
と思いました。
漫画だけでは飽き足らずアニメDVDも貸してくれたので、
楽しみです。

Alfred Beach Sandalというアーティストにふと注目しております。
最初に知ったのは、たぶん2年ぐらい前、
地元の奇才トーマスが定期的に制作している、
「ヤカンポリス村田さん」という動画シリーズ、
第8話のエンディング曲で知り、
その時は「やたらええ声やな〜」
と、思っていたぐらいなのですが、
最近ひょんなきっかけでまたその名前を目にして、
改めて注目している次第です。
なんでもトクマルシューゴも注目しているとか。
ceroのメンバーも絡んでいるみたいだし、
どうもカクバリズム寄りになってきているようです。
さわやかでヘンテコで一筋縄ではいかない感じがして、
おもしろいです。







2011年9月4日日曜日

猫と白目と地底人と

台風の影響で今日もバイトが休みになりました。
昨日は父と暴風の中、墓地を見学してきましたが、
さすがに今日はすることがありません。
ちなみに墓地はとてもいいところでした。
高台にあって見晴らしがよく、津波の心配も無いし、
なにより、伊勢神宮が近いです。
遠方の方がわざわざ墓地を作るような場所らしいです。
春になると桜がキレイらしいです。
墓参りがてら、お花見などいいかもしれません。
家で家族と墓のデザインについて話し合い、
兄が手書きで斬新なデザインを披露していましたが、
母は「こんな墓には入りたくない」と言いました。
不本意な墓に入るのは確かに心苦しいものがあります。
死んでまでそんな心配をしなくてはいけないなんて、
人間とはなんてめんどくさい生き物なんでしょうか。
墓会議はあーでもないこーでもないと様々な意見が飛び交い、
いつになく白熱していました。
私は普通のでいいと思います。

てことで、やることがないので、
とりあえず、猫のうんこを取ろうかと思います。
そのあと、猫の睡眠の邪魔をして、
読みかけのギャグマンガ日和を読んで、
それにも飽きたら、
自分の白目の面積の広さについて想いを馳せて、
それにも飽きたら、
猫がうんこしたらすごい勢いで部屋を走り回ることの不思議について
思考を巡らせて、それにも飽きたら、
猫と添い寝して、それから遅めのランチを食べようかと思います。

あ、あと桃たべよ。

2011年9月3日土曜日

墓と父

台風の影響で本日のアルバイトはお休みとなりました。
その代わり、お父さんと墓地見学ツアーに行きます。
盛り上がりに欠けそうですが、なんとかおもしろがってこようと思います。

お父さんは近頃、家の玄関や日本間をリフォームしたり、
床の間や御霊社(仏教でいう仏壇みたいなもの)を、
気合い入れてよくしたりして、
「次は墓だー!」と着々と生きてる間にやりたいことを、
実現していってます。
なんというか、この世に痕跡を残そうと、
必死にあがいてる感じがして、少し切ないですが、
前向きで、エネルギーが溢れていていいんではないかと思います。
犬でいうとマーキングみたいなものなのでしょう。
うちのお父さんはもはやおじいさんですが、
まだまだ現役ばりばりの漁師で、なんとか手元に現金を残そうと、
日々お金のことばかり考えているような人ですが、
どん詰まり、追いつめられている感は、
私が子どもの頃から感じている世界であり、
なんというか私のベースに少なからず影響があるなー、
と思いました。

一度破綻した父ですが、
自殺せずになんとか這い上がってきているので、
その辺は頼もしいというか、タフに生きているので、
これからも頑張って魚で金儲けしてもらいたいものです。
お父さんが破綻したら我が家が破綻するわけですが、
破綻したら破綻したで、
なんとかやっていくんでしょう。

とりあえず墓を建てる土地を買う事に、
やっきになる姿は何やらズレていて、こっけいでもあり、
人間の正しく愛しい姿でもあるような気がします。

2011年9月2日金曜日

猫の舌

さて台風ががぼーんとやってきました。
台風に関係なくいつでも猫はふわふわです。かわいいです。
たまに舌をしまい忘れてるときがあって、
それがモーレツにかわいいです。
かわいいものが側にいるっていいものです。
いつもドキドキ、きゅんきゅん、していられます。

藤子・F・不二雄ミュージアムが川崎市に出来たということで、
行ってみたいです。
今度東京に行く機会があったらついでに行ってこようかと思います。
ひさびさに21エモンに想いを馳せました。
やはりモンガーは永遠のアイドルです。
というわけで「21世紀の恋人」などをアップしておきます。




2011年9月1日木曜日

じいさんと犬

増田こうすけの「ギャグマンガ日和」を友達が貸してくれたので読んでいる。
かなりおもしろい。
久々のギャグマンガだ。
なんとなく作者が気になったので、ググってみたところ、
三重県出身らしい。
そのことを友達にメールで報告したら、
「さすがエリちゃんストーキングするね〜」
と返されて、ドキーンとしました。
あ、これストーキングなのかと。
誰かが気になってググるってストーキング行為なのかと。
いや、それは言い過ぎにしても、
ストーキング気味だと。
自分では当たり前だと思っていた、
気になったらすぐググったりする癖も過剰すぎると、
ストーカーちっくなのかと思いました。
他者の目線により気持ち悪い自分の一面が、
浮き彫りになったような気がして少しがっかりしました。
でも、やめないもんね!ググるの!
だって気になるもん!色んなこと!
好きなことや人のこと詳しくなりたいもん!
ネットでわかるところまで調べたいじゃない!
とか、反発しちゃうあたりが、またあれなんでしょうね。
こないだはヒップホップ用語(?)の「レペゼン」の意味が、
バイト中に突然気になって、お店の人に聞いて回ったりもしました。
ちなみに「レペゼン」とは、
ヤフー知恵袋のこちらにのっています。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1010315565

ただの知りたがり屋なだけだと思うんだけどなぁ。
はぁー。

2011年8月31日水曜日

ミラクル

今日突然パソコンのキーボードが治りました!
めんどくさがって修理出すのさぼっててよかった〜。
めんどくさがりの勝利を噛み締めました。
「ラッキー!」と思いましたが、
水こぼしてキーボードが使えなくなった時点で、
アンラッキーなのであり、心の底からラッキーと思う事は間違いだと、
気付きました。
プラスマイナスゼロで、「普通」、
おみくじで言うと「末吉」レベルの幸せです。
とにかく、修理代3万〜5万(推定)を払わなくて済むのがなによりです。
助かりました。

ブログを更新していない間に色々あったような、
なにもないような、そんな特に何の変哲も無い日々でしたが、
ひとつだけ嬉しい事がありました。
それは友達DJポコニャンの二人が、なんと、
りんご音楽祭のおやきステージに出演が決定しました!
まさかこんな日がやってこようとは!
ひとり1時間でたっぷり2時間もあるのでほんと楽しみです。
色々な意味で特別なフェスになることは間違いなしです。

Wミラクルが起きた8月も今日で終わりです。
台風も近づいてきていて外は強い風が吹いていますが、
明日はもう9月です。
9月は楽しそうな事がたくさんあるので楽しみです。
人生楽しみたいと、最近素直にそう思えるようになって、
これも成長の証なのかもしれません。


2011年8月29日月曜日

ASA-CHANGのタブラボンゴ

引き続き漫画喫茶から更新しております。

先日神戸のグッケンハイム邸で大好評だった、
ASA-CHANGによるタブラボンゴのワークショップが名古屋で開催されます。
打楽器に興味がある方、何か楽器を始めてみようかと目論んでいる方、
ASA-CHANGが優しく丁寧にレクチャーしてくれるみたいですよ!
タブラボンゴも買えるし、改造の仕方も教えてくれるし、
音の出し方までまるごと全部ASA-CHANGが教えてくれます。
9月10日11日のたっぷり2days。
またとない貴重なチャンスなので興味のある方はぜひぜひ参加を!

詳細はコチラ
http://tribal-arts.net/hpgen/HPB/categories/10133.html


たのしそうだなぁ。

漫画喫茶からこんにちわ

おひさしぶりです。
漫画喫茶から更新してみるという裏技に出てみました。
とっとと修理に出せよ!という話なのですが、
まぁ、ナマグサな私なのでもう少し寝かせてそのうちだそうと思ってます。

昨日はバイト先でお客のおばちゃんに、
「顔小さいわね~男か女かわからないわ!」と言われ、
「ですよね」とへらへらと情けない笑みを顔に浮かべることしかできませんでした。
そんなほろ苦い思い出しか残らなかった夏も、
終わりの気配をみせてきた8月最後の週末は、
二日連続地元のイベントに行ってみました。
国府の浜というサーファーに有名なきれいな浜の近くでのイベントだったのですが、
お客さんはほぼサーファーで肌を焼いた人々に紛れて、色白の女二人で行きました。
ボサノバやレゲエのようなリズムに乗せて、
三重のラッパーがラップする姿には驚愕しました。
ラッパーの隣では思い切り尺八を吹いているおじさんもいて、
めちゃくちゃで適当でしたが、野外だし、
お客もほとんどサーファーだし、なんともゆるく、でも斬新で、
時々本気を出す変なライブでした。
地元のことを歌う曲もあり、なんとなくいろいろ考えさせられました。
大阪出身憂歌団好きの漁師さんの歌は素晴らしかったです。
地元密着、地元愛が溢れる年齢層高めのイベントでしたが、
こういう感じも悪くないと思います。
半分「海みたい!」という気持ちで行ってみたライブでしたが、
夜だったので海は真っ暗で、波もゴーゴーという荒々しい音を立てていて、
おそろしかったです。
どうしても「津波がきたらまずいだろうなぁ」と想像せざるを得ませんでした。
それでも、たくさんの人たちがこのあたりで暮らしていて、
遠くからいい波に乗るために多くのサーファーがやってくる場所で、
きっと、今回震災で津波でやられた浜もそういう場所がたくさんあったんだろうと思います。
それでも、人は海を愛さずにはいられないし、海の近くに家を建てるし、
この星に産まれた限り海とともに生きていくのだと思いました。

日曜日は津に行ってきました。
こちらも海辺にある建物でのイベントだったのですが、
もう閉めてしまうということで、ラストのイベントに行ってきました。
一度も行ったことはなかったのですが、
10年以上その場所でライブをしてきたということで、独特の空気がありました。
この場所もかなりローカルで、地道に音楽の活動している人たちに
開かれている場所でした。
ずっとある種類の特定の何かを発する人たちの集いの場だったのだと思います。
そういう人々の何かが色濃く染み付いている場所だと思いました。
場所に引き寄せられ場所に居つく。
そういうものなのだと思います。
最後だったけれど、どんなものか見れて感じれてよかったです。

「地元」について深く感じ考えた週末でした。
これは一生を通じてこれからもいろいろ考えてゆくことだと思います。

2011年8月16日火曜日

現代日本における音楽家に影響を与え続けている仏教的思想

繰り返される諸行無常。蘇る性的衝動。


ローリンローリン、回り続ける運命に運ばれて。


ASA-CHANGとじゃんがら念仏踊り。




真夏に降る雪

昨日はドミューンで「8.15同時多発イベントFUKUSHIMA!」を観ました。
エンケンを観られなかったのは残念だけど、
遠藤ミチロウ氏から観る事が出来ました。
七尾旅人×原田郁子スペシャルバンドは亡くなった人たちへの想いであり、
生きている人たちの心を慰める選曲だったように思います。
「繰り返される諸行無常」と歌う向井秀徳氏が、
「ローリンローリン」に参加したのは画期的だと思いました。
あと忌野清志郎氏と原田郁子氏が共作した「銀河」を
歌ったのも素晴らしかったし、
七尾旅人氏と原田郁子氏が声で、
ユザーンさんがホルンで歌った愛燦々もよかったし、
圏内の歌ももちろん必須だったし、
ハラカミさんの曲にユザーンさんがタブラを乗せるのは間違いないし、
とにかく全てに行き届いた意味を感じられて、
ぬかりなしといった具合でした。
そして終わりと始まりに月が映し出されたのが印象的でした。
ここのところ月を意識していたので。
もしかしたら亡くなった人の魂は月にあるのかもしれない、
とひとつの仮説を立ててみたりしました。

ふとハネムーンという言葉が浮かんできたので、
ハネムーンについて調べたりしました。
「キセルにハネムーンて曲あったなー」
と思い、youtubeで探してみたところ、
「キセルmeets細野晴臣しんしんしん」が出てきて、
そう言えばずっと聴いてみたかったことを思い出して聴いてみた所、
尋常じゃなく素晴らしく、真夏であるにも関わらず鳥肌がたちました。
こりゃあライブで聴いてみたいです。


こちらが本家。


東京シャイネスライブバージョン。これまたかっこいい。


てことで、一体何を気になって知りたかったのうやむやになったことろで、
ベッドにごろんと横になって、カーテン全開で月光浴をしながら寝ました。

2011年8月10日水曜日

ここ数日のこの世のいろいろ

昨日は女子らしく友達とカフェをはしごしてみました。
地元にひっそりと、オーナーが確かな情熱を注ぎ込んで作られたお店は、
その人の作品であり、その人の魂の軌跡を感じます。
そんな空間で友達と異性の話しやら、仕事の話しやら、家族の話しやらを、
したり、されたり、するのは、女子の生活の活力の源であり、
人生を次に正常に繋げる為の儀式だったりするんだろうな、と思いました。
そういう些細な人とのコミュニケーションが、
私たちの人生には何よりも大切なことなのであり、
ないがしろにしてはいけない部分なのだと思います。

「ガラスの仮面」最新巻を読みました。
もはや美内先生は話しを終わらせる為に惰性で作ってるなー、
という感じがむんむんして、最高の盛り上がり部分もあからさますぎて、
恥ずかしくなってしまうほどだったけど、
「ガラスの仮面」の終わりを生きているうちに読みたいという、
ファンの為になんとか終わりに向って書いているのだと思いました。
ただ、私はなんとなく最終回までに誰か一人死ぬな、と思いました。
誰か死なないとバランスが取れないほどの幸福感が、
主人公にすでに与えられているからです。
多分、刺すか刺されるか、もしくは自殺か、という、
泥沼の展開だと予想してます。
ま、この泥沼加減が私は好きなんですが。
ひと昔前の昼ドラのような世界とかたまらないタイプの人であることを、
思い出しました。

「8.15世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA!」に行きたい。
バイトなので無理なのですが、行ける人は行った方がいいと思います。
むしろ15日が暇な音楽好きが行かない選択をする意味がわかりません。
出演者も素晴らしすぎるし、なによりもただ馬鹿騒ぎをするだけでない、
特別な意味があるからです。

「ハラカミイズム」のようなものを考えていました。
ハラカミさんの番組の再放送を観ながら、
そこに出てくる細部に散りばめられているもの、
例えば、ちくわとか、ごぼうとか、水色のクマとか、
曲名が「おまんじゅうのテーマ」とか、「高校8年生」とか、
テロップの「沢尻エリカに捧ぐ」とか、
そういう色々なハラカミさんの音楽以外のおもしろ世界について、
思いを馳せてみました。
そして、音楽に対するストイックさや、表される飛び抜けて美しい世界。
その世界のバランスについて考えました。
私は亡くなって顕著に表された「ハラカミイズム」研究をして、
存分に影響を受けたいと思います。
適当さの中にある完璧さに。
笑いに、へんてこさに、かわいさに。
ストイックさに、美しさに。

昨日はサカモト教授と坂本美雨のユニット「サカモト兄妹」の
ユーストを観ました。
改めて思ったのは、私のようなアラサー世代の大多数が、
ゲーム音楽を聴いて、小室哲哉の音楽を聴いて、育っているということです。
もはや子守唄に近いものです。なんか安心するものです。
私たちの年代はカラオケに行けば小室氏が作った曲を歌わないことはないということです。
そこにある素晴らしさを抽出して、今、改めて世に表そうとしているのが、
「サカモト兄妹」であり、
そこにはアラサー世界が反応せざるを得ない普遍が
表されるのではないかと思います。
これからもマメにチェックしたいです。
同じ名字だしね。

2011年8月3日水曜日

絶賛被曝中

岡本夏生が表紙のテレビブロスおもしろかったです。
夜が長くて仕方がない女性「よなガール」特集だったのですが、
「森ガール」「山ガール」の如く流行るかもしれません。
「よなガール」について岡本夏生がズバッと回答しているのですが、
それがものすごく爽快です。
もはや岡本夏生を支持せずにはいられません。
ちなみに「森ガール」特集の時の記事も読んだのですが、
その時は湯山玲子氏が「森ガール」について解説してくれておりました。
「草食系男子」に合わせる為に女子が「森ガール」に進化したという説は、
かなり納得しました。
ほかにもDOMMUNE 宇川直宏氏のインタビューや、
大根仁×山下達郎の対談など、見所満載でした。
テレビブロスは1年に2回ぐらい、ぐっとくる特集をするので、
目が離せません。

大友良英さんのラジオのゲストにレイ・ハラカミさんが招かれた時の
ポッドキャスト聴きました。
ものすごく貴重なことを語っていてびっくりしました。
子どもの頃の話しや、家族のこと、
新しい側面をたくさん知ることが出来ました。
こういうことが記録として残ってるってすごいんじゃないかと思います。
それにしてもハラカミさんの声のかっこいいこと。
やっぱり人柄って声に出るな。

そういえば、前にユザーンさんのサイトの質問コーナーで、
ハラカミさんに質問に答えてもらったことがあるので、
それを載せておこうかと思います。

Q:仕事を始めてもすぐに辞めてしまいます。
ひとつの仕事を長く続けるにはどうしたらいいでしょうか?

A:ハラカミです。最初は誰でも慣れないものですよね。
最初からすぐに慣れて、そのままずっと続けられるモノって
飽きやすかったりしますからね。
僕自身も、音楽なんていつだって辞めてやる!
と思いながら、ここまで来てしまいました。
それはひとえに誰かにやらされてる、というよりは、
やりたいからやっている、という気持ちがあった様な気がします。
なんらかの動機をハッキリさせる事さえ出来れば続くのではないかなあと。
あれ?マジメな事しか書いてないですね。

他の回答はだいたいふざけていたのに、
すごく真面目に答えてもらいました。
それにしてもハラカミさんが「音楽なんていつだって辞めてやる!」
って思っていたのが意外です。
どんな気持ちでどんな風に音楽と向き合っていたのか、
音楽を聴いてるだけだと解らない、
ハラカミさんの深い部分を垣間みえた言葉だと思いました。
今となってはその真相も聞くことはもう出来ないですが、
ハラカミさんという人は稀に見る素晴らしい音楽家だったことは、
間違いないと思いました。


※追記 「いつだって辞めてやる!」というのは、
ハラカミさんが音楽に慣れてしまっていたということかな?
と、今頃思いました。


タイトルは福島から配信していた時にハラカミさんがつぶやいていた言葉です。
とてもハラカミさんらしい言葉で、とても印象に残っています。
ラジオでハラカミさんのバックグラウンドを聞くと、
ますますこの言葉をあの時どんな気持ちでつぶやいたのか、
深く重たい言葉として感じられます。
きっと誰よりも「放射能」であり、「被曝する」という事に、
ものすごく敏感だったんだと思いました。
何か因果というか、運命的なものも感じつつ、
原発の問題に向き合っておられたのではないかと思います。
本当に惜しい人を亡くしてしまったと思いますが、
この世に残された私たちはハラカミさんが訴えたかったことを、
受け止めることができます。
そして確かな知識を持つ努力をして、
この世界がより住みやすい世の中になるように、
情報を発信していくことが可能です。
「よりよい世界を」
私たちは常にそれを目指して行動をして、
死んだ人たちの分まで死ぬまで生きていくのだと思いました。


これラジオで大友さんとハラカミさんが好きだって言ってた曲、たぶん。
私もラジオではないけど、小さい頃やたら早起きして、
画面が砂嵐の状態からテレビの前で待機してテレビの始まりの音聴いてたな〜
と思い出した。

夢か幻覚

昨日寝ぼけ眼で猫の幽霊もしくは幻覚をみました。
真夜中ふと目が覚めてぼんやり目を開けると知らない猫がベッドに座っていて、
「え!」と思ってしっかりと目を開けると、
その猫は消えて、その奥に飼っている猫が横になっていました。
また、数分後に同じような状態になって、
ふと目を開けるとさっきと同じ知らない猫が居て、ぎょっとしました。
そしてまた目を凝らしてみると見えなくなる…。
ただの幻覚かもしれないけれど、
こんなことは今までで初めてのことです。
寝てるか起きてるかよくわからない状態っていうのが、
ポイントみたいです。
また、猫見れるといいな。

少し前エイミー・ワインハウスが27歳で亡くなったけれど、
「rehab」という曲がめちゃくちゃかっこよかった。
ところで27歳って私より年下なんだわー、
ということに驚きました。
薬物依存、アル中、整形、豊胸、と
スキャンダラスにもほどがあると思いましたが、
悲しくて醜く、そしてどうしようもなく美しいと思いました。
人は死んで初めてその人のことが見えてくるものがあると思います。
それがその人がもたらす遺産なのでしょう。


エイミー・ワインハウスと並べるのもあれですが、
レイハラカミさんが歌う美空ひばりの名曲「愛燦燦」も異常に染みます。
この染み込み具合は異常です。
ずるいです。
歌詞とか読んだらもはや泣くしかないです。
愛燦燦 美空ひばり 歌詞情報 - goo 音楽



最近死んだ人のことばかり考えてて、
自分が生きてるのか死んでるのかよくわからない、
曖昧なところを漂ってるような気がする。
死がものすごく近い。
死はこんなに近かったんだということを、
改めて感じている。

2011年7月26日火曜日

メトロポリス


DE DE MOUSEのMVに影響を受けて、
久しぶりに「メトロポリス」を観ました。

大学生の頃、一度観たことがあるのですが、
ラストに号泣してしまい、ものすごく印象に残っていて、
久しぶりに観たらやっぱり泣きました。

原作が手塚治虫で、脚本が大友克洋という、
日本アニメ映画史に残るべき作品なのですが、
国内での評価がとても低い。
確かにストーリー展開が薄っぺらくて雑な感じではあるけど、
映像は緻密で非常に美しいし、
なによりティマがめちゃくちゃかわいい。
そして見終わった後に「ずーん」と心に残るものがある。
崩壊する場面も、レイ・チャールズの
「I CAN'T STOP LOVING YOU」という曲が思い切って使われていて、
それによって崩壊の悲壮感が緩和されているし、
よりぐっと伝わってくるものもあるし、
歌詞もけんいちの心情にぴったりなのだ。
音楽が映像とちぐはぐと言われているけど、
私はあえてあの場面に軽快なジャズが流れているからこそ、
少し救われた気持ちになるのだと思う。

やっぱティマがかわいいというのが大きいな。

昨日のハリーポッターでもそうだけど私は子どもに非常に弱い。
どうもピュアな生き物に反応してしまうらしい。
ティマはピュア度ベスト1位。
人間じゃなくてロボットというのがまたいいのだ。

2011年7月25日月曜日

南無阿弥陀仏



ASA-CHANGがいよいよいわき市で活動を始めた模様です。
詳細は上のリンクからみることができます。

いわき市の郷土芸能「じゃんがら念仏踊り」を練習中ということだけど、
ものすごくASA-CHANGらしいというか、
ASA-CHANGにしかできないというか、
至極真っ当で何ものにも代え難い、そういう表現だと思った。

ASA-CHANG&巡礼からタブラボンゴナイトに至るまで、
ASA-CHANGの思想というか祈りのようなものは一貫してそこにあり、
時々、私たち日本人はそれらを享受すべきアンテナを持っていなくては
いけないのではないかとさえ思う。

多種多様な理不尽なことが蔓延しているこの世の中で、
理不尽さに襲われた人間にとって、陽気で能天気な音楽は全くの無意味だ。
陽気で能天気な音楽は生きている健康的な人間の為にある。
言ってしまえば、どん底にいる人や死んでもうこの世に居ない人は
完全に無視されている。無かったことになっている。
音楽はそういった狭さであり冷たさがある。
しかし、ASA-CHANGはそういった音楽の狭さに風穴を作るみたいにして、
音楽活動を行っている希有な人物なのだ。

それは、軽くて、明るくて、前向きで、上昇志向を好む病気にかかっている、
多くの現代の日本人にとって受け入れ難い世界である。
しかし、もうそんなことを言ってる場合ではないどん詰まりのところに、
差し掛かっているのであって、
とにかく、多くの人間が希望に群がることにより、
絶望を量産しばら撒いていることは間違いないのであり、
あえて、絶望に飛び込んでそこから見える景色を発表する人間がいないと、
この世界は終わる。
いづれ終わる運命にある世界なのかもしれないけれど、
それを先に延ばすことはできる。
そこに意味があるのかは解らない。
ただ、人間という生き物の粘り強さであり、執念を見ることが出来る。

そもそもなぜこの世界を延命させたいのか。
この世とはなんなのか。
人間は常に闇との攻防があり、
押したり引いたりの綱引きを永遠にしているみたいな、
そんな感覚に陥る。

死んだ人の供養とはどういうことか。
津波に呑込まれた人間の無念とはなにか。

あ、わからなくなってきた。

そう、結局、命の根本、世界の根本は謎のままである。
根本は謎なのだけど、人間が勝手に創った概念の中で、
右往左往はできる。

右往左往し、その中で「これは」と思えることを、
自分なりに掬っていくしかないのである。

2011年7月22日金曜日

魔法少女⇔DE DE MOUSE


すでにブームは去っておりますが、「魔法少女まどか☆マギカ」
数ヶ月前テレビでアニメ放映をしてた頃、
いい大人達が夢中になっていたようで、
その頃からすごく気になっていたのだけど、
いかんせん三重県ではテレビの放映も無かったし、
気になりつつも踏み込んでいませんでした。
しかし、今回とあることがきっかけで漫画を手にして読んでみたところ、
大人が夢中になるのも頷ける、ものすごく深ーい内容の作品でした。
「涼宮ハルヒの憂鬱」でもかなり衝撃を受けたのですが、
この手のヒットする漫画やアニメというのは、
やっぱりそれなりに素晴らしい作品なのだと思いました。
数ヶ月前、とあることがきっかけで精神的なダメージを受けて、
じわじわと落ち込んで、すでに治りつつはあったのですが、
まだ後遺症の中にいた私の気持ちに、
ひとつの回答を得たような気がします。
「誰も何も悪くなかったんだ」という確信。
私はやっとそれを心の底から手に入れることが出来たように思います。
「魔法少女まどか☆マギカ」のおかげで。

作品との出会いは新しい人生との出会いでもあります。
そういう深い作品に出会えたことに、深い喜びを感じて、
やっと一歩前に進めたような、そんな充実感を得ることが出来ました。
ハルヒにしろまどか☆マギカにしろ、
オリジナリティ溢れる壮大な宇宙観はほんとうに素晴らしいです。
「エヴァンゲリオン」や「時をかける少女」のニュアンスもあります。

ところでDVDがまだレンタルしてないのはなぜなのだろう。
アニメのクオリティがほんとうに素晴らしいらしいので、
レンタル開始したら是非みてみたいと思います。

で、「魔法少女まどか☆マギカ」読み返しながらネットしている時に、
ふと出会ったのがDE DE MOUSEです。
名前は知っていたのですがちゃんと聴いたことなくて、
youtubeを何気なく開いてみると、
久しぶりに、どかーん!とハートを持っていかれました。
頭の中がまどか☆マギカでいっぱいだったので、
また余計にしっくりきてしまったようです。
りんご音楽祭に出演予定らしいので、
これまたかなり楽しみになってきました。
とりあえず動画はりまくります。






DE DE MOUSE最高じゃ〜!

2011年7月15日金曜日

東進のCMがおもしろい件


「サイタマノラッパー2」を観た。
今回もすごくおもしろかった。笑えるしちゃんと泣ける。
安藤サクラが出てて「借金」とか「不渡り」という台詞を、
ラップに乗せていたのだけど、それがすごく似合っていた。
いやー、彼女はドスきいててほんとすごい。
そもそも20代後半って辺りで、もうどんぴしゃな訳ですよ。
「川の底からこんにちわ」もだけど、
世の中における映画ならではの現実感というか、そういうのが半端ないと思った。
映画の役割ってこういうことかー、と感心するような。
素晴らしいです。ほんとうに。
そして「サイタマノラッパー」を観るたびに、
スチャダラパーの偉大さを改めて再確認させられる。
ラップをあそこまでオリジナリティ溢れる世界観で、
洗練させることに成功できたのはスチャダラパーだけだろう。
いやー、ほんとすごいよ。
りんご音楽祭がますますたのしみだ。
(実は去年なにげにスチャダラパーを3回ぐらい観ている。)



続いて「サガン〜悲しみよこんにちわ〜」。
サガンの本て実はちゃんと読んだことないのだけど、
私はカポーティもしかり、昔の外国の作家の生き様が好きなのである。
しかも途中で破滅する型の作家。
今の時代そんな作家はいない。
みんなそれなりに巧く、楽しく、人生を送っている。
すでにそういうコツを掴んでいる。
作家や芸術家が薬やお酒に溺れるなんて古臭くて、ナンセンスなのである。
サガンはそういった今やナンセンスな破滅的な人生を送っている。
どこまで事実に忠実なのかは全く知らないけれど、
すごく賢くて、すごく駄目なのだ。
すごく賢い人は、すごく駄目にしか生きられないのだと思う。
人生とは不思議なものでそんな風に出来ているのだ。
サガンの人生を観ていると、西原理恵子がチラチラと頭に浮かぶ。
もちろん西原氏にはサガンほどの繊細さや、
アンニュイな部分はあまり感じられないが、
ギャンブル好きなところなど、破天荒ぶりはかなり近いのではないかと思う。
カポーティであり、サガンであり、
彼、彼女らの自在感はかなり共感する。
それゆえにあまりにも繊細な部分も。
いたずら好きの愛されるべき人たちなのだけど、
最終的に誰からも愛されることがない。
誰よりも愛を求め、そして誰よりも愛を恐れ、
愛を避けるようになるのだ。
不思議だけど、そういう風にできている。
あと、この映画はファッションも素敵なので注目です。
それから、カポーティもしかり、役者の演技が素晴らしいです。

友人が東進のCMの真似をよくしているので、
気になってなんとなく見返してみたところ、
やっぱすごくおもしろかった。
はねトビのメンバーもパロってたのね。
この人たち変だよなーどう考えても。

2011年7月14日木曜日

まどろむとある午前


怪我をしたときに病院で刈られた下半身の体毛が、
まだ生え揃わない我が家の猫ちゃん。
元気に昼寝をしています。
チョンさんが死んだことを知った日の夜から、
なぜか私の横で寝るようになりました。
「うちらもいずれ居なくなるんだしそれまで仲良くやろうぜ」
というような、そんな気持ちが聴こえてくるようです。
まぁ、とにかくかわいいです。

昨日注文していた一人用テントが届きました。
汗だくになりながら畳の上で一人で組み立ててみました。
なんとか組み立てられましたが、
この作業を強い陽射しの中でやるのかと思うと、ぞっとしました。

今なんとなく色々なことが止まっている状態。
いや、意識の底のほうでは動いているのだけど、
視覚化できないようなそんな状況。
昨日も22時過ぎにはベッドに寝っころがったし、
今日もなんとなくぼんやりと過ごしている。
空の青さに感動したり、
時々窓から吹き込んでくる風に、はっ、としたり。
瞑想し放題。

昨日の田口ランディ×飴屋治水×大友良英のイベントがどうだったかが気になる。

そういえば、こないだ朝まで友達と呑んでたときに、
ある一人の友人から「君はもったいないことをしている」と言われて、
ああ、確かに全部駄目にしているなぁ、と思ったりして、
その一方で、横に座った大卒フリーターのうだつのあがらない男子に、
すげー体触られたり、下ネタ連発されたりしていて、
確かにこの場にいることがもったいないなぁ、と思ったりしたけれど、
きっとこのセクハラ男子は日々の色々な鬱憤を、
無抵抗そうな女のような曖昧な存在に発散しているんだと思ったり、
男のそういう馬鹿馬鹿しさというか、くだらなさというか、可哀想さを思い、
男に対して激しく嫌悪しながらも、
やはり何も抵抗できずに居た自分の不甲斐なさ、
というか、奇妙な優しさと残酷さを思った。

2011年7月13日水曜日

チョンさん

7月5日、私はチョンさんに出会いました。
チョンさんは私がよく遊びに行っている雑貨屋さんに居ました。
いつも通りそのお店に行くと、
きよみちゃんのお腹でタオルに包まれて寝ていました。
それはそれは小さな子猫でした。
きよみちゃんは私にすぐに私にチョンさんを抱かせてくれました。
細くて、軽くて、私はまるで鳥みたいだと思いました。
そんな子猫でした。

7月1日にチョンさんはお店の近くで倒れていたのを保護されました。
保護したのはいいけれど、風邪もひいているし、
弱っているし、やせ細っているし、すぐに病院に連れて行って、
点滴をしたら少し回復したそうです。
きよみちゃんはチョンさんを育てる決心をしました。
いつもチョンさんを仕事場に連れてきて、
ずっとお腹で暖めて、エサを与えていたのです。
きよみちゃんは本気で命を守ろうと思ったのです。

しばらく私はチョンさんを抱っこしていると、
チョンさんはもぞもぞと体を動かして、
とても痩せていて、弱々しくもあるけど、きちんと生きていました。
「私はこの子はだいじょうぶ」と思いました。
今は食欲はないけれど、きよみちゃんがしっかりと面倒を見ているし、
ちゃんと病院に連れて行ってもらって点滴も打っているし、
現にこうやって動いているし、チョンさんは時期によくなって、
大きくなるんだと思いました。
地面もたどたどしくも歩いて、ひとしきり鳴いたりもして、
ひなたぼっこをしたりもしていました。
その姿はほんとうに可愛いかったので、
はやく元気になって一緒に遊びたいと思いました。
バイバイと手をふって、私は店を後にしました。

昨日、猫のおもちゃを持ってお店に行きました。
絶対に元気に生きてることを疑わずに行きました。
きよみちゃんは「チョンさん死んでしまった」と泣きました。
チョンさんは一回だけ私に姿を見せてどこかに消えてしまったのです。
きよみちゃんと一緒に居たのは10日だけでした。

きよみちゃんはチョンさんが死んで行った経緯を詳しく説明してくれました。
やっぱりご飯が食べられなかったこと、急に具合が悪くなってしまったこと。
なにか不思議な気持ちがしました。
チョンさんと出会ったこと。
チョンさんがもう去って行ったこと。
私はきよみちゃんと色々な話しをしました。
地震の話しや仏教の話しもしました。
「私たち丈夫な体に産んでもらえてよかったよね」
という呑気な話しもしました。

チョンさんが夏の初めにやってきて、すぐに去って行ったこと。
そのことに私はたくさんの意味を見出そうとしていることに気がつきます。
チョンさんのことをたくさん考えて、
自然とチョンさんをすごく立派で神々しいものに仕立てようとするのです。
そこになんの意味があるのかはわかりません。
人間の勝手な心の慰めなのかもしれません。
ただ、生き物が死ぬ、命がどこかに消えていくということは、
何か心もとなく、悲しいことなのだけど、
どこかすごく安心できるのも確かです。
「どこに行っちゃったのかなぁ、チョンさん」
なんてつぶやきながら、私は確かにあの時チョンさんの存在を感じていました。
でも、もうチョンさんは目に見える形ではいなくなりました。

そう、私たちはもしかしたら、目に見える形で過ごす為に、
ここに居るのかもしれないと思うのです。
目に見えるうちにやるべきことはやらなくてはと、
チョンさんはそんな思いをもたらしてくれました。

チョンさんありがとう。
きっとまたどこかでチョンさんを見つけるよ。

伊勢から江戸へ 後編

9日17時30分。
西船橋到着。
友人が主催をしているDJイベント、
「ポコニャンナイト〜オレンジ色のニクいやつ〜」
に参加するため会場のアジトというお店に向う。
大学生の頃から継続して開催しているこのイベント。
私はいつもわざわざ三重県から行くのである。なぜか。
なぜだろう。
友人達と話しがしたいというのもあるし、
音楽で盛り上がりたいというのもあるし、
都会における同年代の人たちの生き方というのを、
密かに調査している感もある。
ずっと参加しているので、突然参加しなくなるのもどうなんだろう、
という気持ちが無い訳でもない。
とにかく色々な気持ちが重なり合って、私は参加している。

というかそもそも酒を飲んで音楽で踊りはしゃぐという行為が私は好きなのだ。
それはそれは楽しいのである。
人間の根本である生きることの喜びみたいなものが、
わーっと湧き上がってくるのだ。
盆踊りであり、阿波踊りであり、沖縄のカチャーシーであり、
人間が音楽に合わせて踊るのは自然なことだ。
そういうことが出来る機会があるのがこのポコニャンというイベントで、
しかも音楽は知ってる曲が流れてくるし、
知らない曲でも安心できる選曲なので私はわざわざ足を運ぶのだろう。

この日もダフトパンクやくるりなど、
普段通りベタな展開をしつつも、
新しいネタなども仕込んであって楽しく盛り上がりました。
最後の最後、アンコールがAIRのLast Danceで、
それが今まで聴いてきた中でどんぴしゃでした。
そのあと朝まで近くの居酒屋で呑んだのですが、
4時過ぎぐらいからかなり体調が悪くなってしまい、
漫画喫茶で2時間ぐらい寝ました。
が、それでも回復せず、
慣れない寝不足と疲労と二日酔いで相当グロッキーな状態になり、
地面を這うようにしてなんとか東京駅八重洲口まで行って、
バスで帰ることが出来ました。

今回少しだけの上京でしたが、
いろいろあって楽しく過ごすことが出来ました。
次の週末から3ヶ月ぶりに働き出します。
テントとリュックを購入するので。

2011年7月11日月曜日

伊勢から江戸へ 前編

先週末、一瞬だけ東京と千葉に行ってきました。
その流れを記しておきます。

8日21時。
家出発。

8日23時。
名古屋着。
そこから夜行バスで新宿に向う。

9日7時。
新宿着。
17時まで時間が空いているので、
適当に買い物でもして時間つぶすかーと思っていたところ、
新宿駅に貼ってあったポスターで「密教・空海・曼荼羅展」を発見したので、
これでも行くかーと思いつく。

9日8時。
適当にファミレスで朝ご飯。
「今回の旅ではつぶやかない」と決めていたのだけど、
やはり手持ち無沙汰になりツイッターを開いてしまう。
文明の利器には敵いません。
そしてやはり性懲りもなくつぶやく。
とりあえずファミレスの劣悪な環境などを愚痴ってみる。
すると、思いがけない方から反応とお誘いがあり、
それに乗っかることにする。
まさにブログのタイトル名「人生なりゆき。」

9日11時。
調べた所「空海・密教・曼荼羅展」はまだ開催されておらず、
江戸東京博物館に行ってみる。
思いのほか広い博物館で、江戸〜東京の歴史が紹介されておりました。
東京というか江戸気分を満喫して、
いつの時代も物と人と情報が集結していて賑やかで、
ぐちゃぐちゃしているところなのだなー、とふらふら観ていました。
江戸時代の長屋住まいなど、
今のワンルームマンションと同じだと思いました。
まさしく今の東京は江戸から地続きで続いているもので、
その間に関東大震災とか、空襲とかに見舞われつつも、
変わらずに人が集まってくるところなのだと思いました。
その中でも皇居だけが広大な敷地に緑を蓄え、
東京なのに一切の穢れを寄せ付けずとても静かな空間を維持していることに、
驚きと神秘を感じました。
皇居を意識してしまうあたりに、
伊勢人としての感覚がいつの間にか培われているのかもしれません。

9日13時。
両国にてシタール奏者ヨシダダイキチさんと再会、シタール王子に初対面。
昨年鳥羽でユザーンさんと共にインド古典音楽を演奏しにきて頂いた、
ヨシダダイキチさん。
3月には松阪のカフェでヨシダダイキチさんがスルバハールという楽器を
演奏するイベントが行われそれを観に行きました。
で、そのときシタール王子という人の応援団を作っているという話しを伺い、
私と私の友人は鳥羽1号、2号と命名され、
シタール王子を応援している設定になりました。
で、私は今回そのことをすっかり忘れていたのですが、
ヨシダダイキチさんの提案により鳥羽1号として写真を撮り、
ブログに載るという流れになった次第です。
ほんと「人生なりゆき。」です。
そのときの様子はこちらで観れます。↓
http://ameblo.jp/sitaartah/theme-10034178371.html
なんか動画とか撮りました。


シタール王子の撮られ慣れぶりはさすがだと思いました。
なんか実際の石川さんとシタール王子というキャラ設定の間を
行ったり来たりする人間の心の揺らぎにカオスを感じました。
ちょっと自然と応援したくなりました。


で、宣伝もさせて頂きます。
アラヤヴィジャナ「火と薪」7月13日発売です。
ジャケかわいい。きちんとロビタもおります。
インド音楽と短歌を融合させているそうです。
これは買って聴いてみないとなぁ〜。
次の日、スーパーデラックスでユザーンさんとヨシダダイキチさんが出演する、
いい感じのイベントあったのですが、都合によって行きませんでした。
お前東京まで来といてなんだよ!って感じでなんか申し訳なかったです。
あと、ますます「こいつは一体何ものなんだ?」という不穏な空気を
発生させてしまい申し訳なかったです。

色々と申し訳ない気持ちを胸に抱きつつ、
西船橋編に続きます。

2011年7月7日木曜日

三つ目がとおる


「三つ目がとおる」読み終えました。
手塚治虫氏の仕事にぬかりなし!という感じでした。
やはりインディジョーンズなどは、
手塚治虫氏の仕事にかなり影響されているんじゃないかと思います。
超古代文明ネタは好きです。
現代の文明がどこまで続くかは知りませんが、
今はその瀬戸際を迎えているように思います。
ただ自分のことだけを考えている人間が多いように思うので、
なかなか難しいような気がします。

三つ目族の生き残り写楽保介は、
手塚治虫氏の精神構造なのではないかと思いました。
そこにある二重人格性にはなにやら惹かれるものがあります。
絆創膏が貼ってあると無邪気で優しい馬鹿な中学生なのですが、
絆創膏を剥がすと現代の人間を滅ぼそうとする、
悪魔の化身のような子どもになります。
そこにある二つの世界観は誰にでもあるものなのではないかと思います。
何も考えず、本来もつ力を発揮しなければ、
楽しく無邪気に平和に暮らせると思うのですが、
何かを考えたり、深く物事を観ようとすることによって、
世の中の汚い部分や、嫌な部分が見えたりするものです。
その汚い部分、嫌な部分を壊そうとするのが、
写楽保介の三つ目バージョンです。
「三つ目がとおる」は人間がカタルシスを得るように出来ています。
自分の代わりに世界をむちゃくちゃにしてくれるのです。
手塚治虫氏もどこかでそういう願望があったんじゃないかと思うのです。
色々なことが見通せた代わりに、
心底人間が嫌になる気持ちがあったと思います。
その気持ちを漫画に納めるために、写楽保介が産まれたのではないかと。
しかしその反面、きちんと人間の美しい面も描いてます。
手塚治虫氏はその辺りのバランスが絶妙なのだと思います。

温厚でニコニコしている人ほど、
何を考えてるか解りません。
それは私自身にも言えることです。