2011年5月6日金曜日

おじゃりやれ


八丈島に行ってきました!
一日目は雨だったけど二日目は快晴。
こまごまとした旅の思い出はあるけれど、
言葉にするのが億劫なので辞めておきます。

私がどこかに誰かと出掛けること、
誰かがどこかに私と出掛けること。
そんなことをずっと考えていたように思う。
意味なんてない。
いい景色やおいしいものを誰かと共有するということのありがたさを思う。
くだらないことを誰かが言ってそれを笑ったり、
何かについて語り合ったり、普段話さないようなことを話してみたり、
そういう極めて普通なこと、なんでもないこと、
社会的に目立った事をしないけれど、
堅実に働いている人たちの休日のこと。
そこにある極めて純粋なきらめきのようなもの。
そういうものを観ていたような気がする。
歳をとって、結婚して、こんな風に遊べなくなることを心配して、
そこにある馬鹿笑いを何よりも大事にしていて、
起伏の無い人生を歩いている。
人が人として生きるということはすごく地味で堅実なことで、
でもそういった世界は誰も言わないけれど、
すごく美しいことだと思ったりする。
際立った才能を持った人間が中心になって世界が動いているように思うけど、
そうではない。
際立った才能を持っているからといって心が美しいとは限らない。
荒れ狂う邪悪な世界を感知することなく、
この世で普通で居続けるということは人として強いし、
とても恵まれているし、そういう人々こそこの世に必要な人間だと思ったりする。
私はありとあらゆる種類の世界を感知してしまうけれど、
それはある意味とても弱い証拠なのだと思う。
人は色々な形で澄むことができる。
澄んでいる人間はそれだけで美しいし、頼もしい事だ。
私はそういう人たちに出会う事が出来て嬉しいと思う。
私のほんとうはそういう自然な人々と出会い学ぶ事だと思う。
「はっ」として、また新しい世界が見えた事が何よりも嬉しい。




0 件のコメント:

コメントを投稿